壺齋散人の 映画探検
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隣の八重ちゃん:島津保次郎の青春コメディ



島津保次郎は、若い男女の関係をコメディ・タッチで爽やかに描いた作家であり、日本の映画監督の中では、最も早くから男女の恋愛を大らかに歌い上げた作家だったといえる。とにかく、日本人の多くが男女の自由な恋愛をなにか不道徳なことのように考えていた時代に、恋愛こそは人間性の最も自然で尊いあり方なのだ、ということを素直に表現したわけだから、映画のみならず、文化全体からしても、進取的な姿勢をとった作家だったともいえる。

「隣の八重ちゃん」は、そんな島津保次郎の代表作である。昭和9年の制作であるから、日本はまだ全面的な軍国主義体制に入っていないとはいえ、満州事変や5.15事件などが起きて、国を挙げて戦争体制に突入しつつある時代であった。そんな時代に男女の自由な恋愛を大らかに描き上げることには、なにかしら抵抗があったはずである。しかし、島津保次郎はそうした抵抗を計算し尽くしているかのように、若い男女の恋愛を、それとなく上品に描き上げた。男女の恋愛を正面から描くととかく大袈裟になることを熟知していた島津は、これをコメディ・タッチで描くことで、爽やかな印象のものに仕上げたのである。

舞台は東京郊外の、恐らく多摩川流域の新興住宅地であろう。そこに2件の家が並んで立っていて、そこに住んでいる二組の家族が、それこそ親戚づきあいのように仲良く付き合って暮らしている。一軒の方には大学生と中学生の男の子の兄弟がおり、もう一軒の方には八重ちゃんという可愛い女学生がいる。そして男の子の兄弟とこの八重ちゃんとは、まるで兄妹のようになれなれしくしているのだが、そのなれなれしさが、いつのまにか恋人同士のような関係に発展していく、というのがこの映画の大筋なのである。

この二組の家族の仲の良いことは、まず男の子たちがガラス窓をこわしたことに対する、親たちの反応によって示される。男の子たちは、キャッチボールをしていたところを、誤ってガラス戸を壊してしまうのであるが、壊された方は別に怒るわけでもなく、壊したほうもまた悪びれるわけでもない。子どもたちのしたことを、単なる粗相として受け流す大らかさがあるわけである。

次いで、大学生の兄が、隣の家で食事を御馳走になる場面が続く。大学生(大日向伝)は、自分の家が留守なので隣の家にやってきて、まるで自分の家にいるように振る舞うばかりか、小母さん(飯田蝶子)にご飯を食べさせてもらう。小母さんが、お風呂に行くから留守番を頼むよといって出かけると、そこへ娘の八重ちゃん(逢初夢子)が友達(高杉早苗)をつれて帰ってくる。友達は知らない男がいるので、最初は恥ずかしがっているが、そのうちだんだんと大胆になる。大学生の方は、いきなり知らない女の子が入ってきたのですっかりどきまぎしてしまう。そればかりか、女の子たちが隣の部屋で裸になり、「あなたのおっぱい、ぺちゃんこねえ」などと、互いのおっぱいを比較している会話を聞いて仰天し、お茶漬けを座布団のうえにこぼしてしまうありさまだ。

そこへ娘たちがやってきて、さんざん大学生をからかうのだが、そのうち大学生の靴下が穴だらけなのを見て、繕ってあげるから脱ぎなさいと言い出す。そのへんの女の子の態度はまるで世話女房のようである。こうした何気ないやり取りを通じて、島津は若い男女のほのぼのとした恋愛感情のようなものを描き出しているわけである。

八重ちゃんの姉の京子(岡田嘉子)が嫁ぎ先から戻ってくることで、映画は新しい展開を見せる。娘が出戻ってきたことに対して、親たちは狼狽するばかり。先方との話し合いを仲立ちするでもなく、ただただため息をつくばかりなのだ。娘が婚家を我慢できないのは、まるで娘の方に問題があると言わんばかりなのだ。お前さえ我慢しておれば、なにもかもうまく済むのに、我慢できないのは我儘だからだというわけである。娘は夫の浮気ぶりを責めるのだが、男が浮気をしたがるのは自然の摂理なのだから、我慢するのが当たり前だ、という封建的な理屈から抜け出せないでいるのである。

そのうち、姉が大学生に興味を寄せるようになる。姉が大学生に流し目をやるのを見て、八重ちゃんの心は穏やかではない。姉妹の間柄ながら、嫉妬の感情を覚えるのだ。このあたりの岡田嘉子の演技が心憎い。さすが世紀の女優といわれただけはある。かなりな迫力だ。

大学生への姉の興味は次第に高まって行って、ついには大学生を誘惑するまでになる。姉は大学生を河原に誘い、「わたしを愛してくれない?さびしいの」と露骨に挑発するのだが、大学生の方では分別を働かして誘惑に応じない。彼が好きなのは八重ちゃんのほうなのだ。

大学生に振られた姉は、何も言わずに家出してしまう。そこで一騒ぎ起きている間に、八重ちゃんの父親が朝鮮に転勤するということになる。八重ちゃんのお母さん(小母さん)は、上の娘が気がかりで仕方ないが、転勤命令には抗しがたく、ついに荷物をまとめて引っ越す段取りになる。

引越車は八重ちゃんも乗せて行ってしまう。それを隣の兄弟が見送る。しかしどういうわけか、八重ちゃんはすぐに戻って来る。実は女学校を卒業するまでの間、兄弟の家に下宿することになったのだった。

そこで八重ちゃんはいうのだ。「これからは、隣の八重ちゃんじゃないわよ」と。まるで押しかけ女房になることを予感させるようだ。

この映画に描かれた二組の家族は、どちらもサラリーマンながらかなり豊かな世帯として描かれている。家はこじんまりとしつつもかなり贅沢な造りのようだし、それぞれが自分たちの個室を持っている。当時の日本では、そんな家族は多くは存在しなかったに違いない。それでいて、各々の家族は核家族として世間から孤立しているわけでもない。子ども同士はともかく、親同士も仲良く付き合い、親爺同士は気の合った飲み友達だ。姉が出戻りをしてくるのも、親爺同士が飲んでいる最中であり、父親は他人の前を憚らず、出戻ってきた娘に声をかけるといった有様なのだ。

舞台となった東京郊外も、今とは全く異なった風情だ。今のように家が建てこんでいないばかりか、周囲にはまだ豊かな自然が溢れている。多摩川と思われる川に、変った施設のあるのが見えるが、あれは何なのだろうか。水道関係の施設だろうか。鉄道の音がしていたが、あれは東急多摩川線の列車だろうか。筆者は多摩川方面には土地勘が薄いからよくわからないが、かつての東京郊外ののんびりした風情は、画面から十分に伝わってきた。




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