壺齋散人の 映画探検
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キプールの記憶:第四次中東戦争の一齣



2000年のイスラエル映画「キプールの記憶」は、第四次中東戦争の一齣を描いた作品である。この戦争は、ユダヤ人の祝祭日であるヨム・キプールの日に始まったことから、「ヨム・キプール戦争」とも呼ばれる。映画のタイトルはそれから取られているわけである。

この戦争は、1973年10月6日に、エジプトとシリアの連合軍が、それぞれの国境地帯を超えてイスラエルに奇襲をかけたことに始まった。奇襲は成功し、イスラエルは対アラブ戦争で初めて深刻な打撃を受けた。イスラエルは、アメリカの援助を得るなどして、すぐさま体制を立て直したものの、戦争開始後の18日後には、停戦が成立した。そんなことから、引き分けのような形となったが、イスラエル軍が劣勢に追いやられたことは深刻に受け止められた。

この戦争のあと、エジプトはイスラエルと和平条約を締結し、シナイ半島を取り戻したが、イスラエルはシリアには強硬姿勢で臨み、かえってゴラン高原を併合した。この戦争を契機にして、アラブ諸国が一致団結してイスラエルと戦うことはなくなった。

この映画はイスラエル映画であるから、イスラエルのユダヤ人の視線から描かれている。内容は、イスラエル軍の救急部隊が戦場で負傷兵の救護にあたるというもので、たいしたストーリー性はない。二人のユダヤ人兵士を中心にして、空軍の衛生兵部隊が戦場で必死に救護する場面を映す。この二人は、緊急招集に応じて原隊に向ったところ、原隊がすでに戦場に赴き合流できなかったので、たまたまのきっかけから空軍の衛生部隊に参加することになったのだ。

戦場の悲惨さが強調されて描かれる。戦争ものにありがちなプロパガンダ性はあまりない。兵士たちの英雄的な戦いぶりを賛美することもなく、敵の残虐さが強調されることもない。ただひたすら、衛生兵たちの努力が映し出されるだけである。時には、イスラエル兵士の戦争へのむなしい感情が描出されることもあり、どちらかというと反戦的なメッセージを感じさせる。

戦場はゴラン高原ということになっている。緒戦ではイスラエル軍に甚大な被害が出た。そこで衛生兵たちは、当初はヘリコプターを使って救護活動に乗り出すが、負傷した兵士を収容するには地上で活動せねばならない。砲弾がとびかう中、必死の救護活動が繰り広げられる。

その救護班の兵士たちも、乗っていたヘリをミサイル攻撃され、みなひどく負傷する。そんななかで、二人の主人公のうちの一人は、休養を与えられて家に帰る。そして妻と激しくセックスする。スタートの場面でも激しいセックスが映し出されていた。あかたも、戦争をしているより、セックスしているほうが人間らしいと訴えかけているようだ。




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