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イスラエル映画「ケドマ 戦禍の起源」:イスラエル建国の一齣



2002年のイスラエル映画「ケドマ 戦禍の起源」は、イスラエル建国の一齣を描いた作品。イスラエル映画であるから、基本的にはイスラエルのユダヤ人の視線から描かれているが、監督のアモス・ギタイにはかなり相対的な視点が働いていて、かならずしもイスラエルのユダヤ人が正義で、パレスチナのアラブ人が不正義だというような一面的な見方をしてはいない。ユダヤ人に追われるアラブ人の怒りも描かれている。

ユダヤ人によるイスラエル国家建設は、国連のパレスチナ分割決議に従って、1948年5月14日に宣言がなされた。この日はいまでもイスラエルの国家建設記念日とされているが、パレスチナのアラブ人は大災厄の日としている。この国家建設に伴って第一次中東戦争が勃発し、その戦争の結果、イスラエル国家は国連によってあてがわれた領土を超えて広大な領土を獲得し、そこに従来住んでいたアラブ人は力ずくで追放された。戦争はイスラエルの一方的な勝利に終わり、多くのアラブ人がユダヤ人によって殺害された。中には一般市民へのジェノサイド的な虐殺もあった。

そうしたイスラエル建国にまつわる事情を、この映画は、ナチスのホロコーストを生き延びてパレスチナにやってきたユダヤ人の視点から描いている。それは微視的な視点から見たものであるから、パレスチナをめぐる国際関係とか、ユダヤ人とアラブ人の対立の構図が俯瞰されるようには作られていない。あくまでも、巨大な運命に翻弄されるユダヤ人たちの境遇が微視的に描かれるだけである。

ヨーロッパから船に乗り込んだユダヤ人たちがパレスチナの海岸に上陸する。かれらは様々な国からやってきたらしく、ドイツ語を話す者やロシア語を話す者などが混在している。上陸した彼らを、イギリス軍が待ち構えていて、拘束しようとする。それを必死に逃れて、ユダヤ人たちは内陸部のキブツを目指す。かれらを地元のユダヤ人が案内する。従来からパレスチナに住み着いていたユダヤ人だろう。

ユダヤ人たちをイギリス軍が拘束しようとしたのは、当時の国際情勢を反映した動きだろう。イギリスは、バルフォア宣言を出してパレスチナにおけるユダヤ人国家建設のお墨付きを与えておきながら、その責任を途中で放棄して、問題を国連に丸投げしたうえで、あまりにも多くのユダヤ人がパレスチナに押しかけてくることを嫌った。アラブ諸国に配慮したためだ、映画の中ではそうしたイギリスの立場が、ユダヤ人を迫害するような形で表現されているわけであろう。

ユダヤ人たちは、内陸部のキブツを目指すが、その途中でアラブとの戦争が始まったことを知らされ、それに進んで参加する。かれらは難民のようなものだから、着の身着のままの状態だ。その彼らに武器が渡され、アラブ人への攻撃を求められる。ユダヤ人の殆どは自発的にアラブへの攻撃に参加するが、中にはそれを批判的に見るユダヤ人もいる。かれの目には、かつてユダヤ人が受けたと同じことを、いまやユダヤ人がアラブ人に対して行っている。いつでも弱い者がひどい目にあわされるのだ、そう言ってかれはユダヤ人によるアラブ人への攻撃を強く批判するのだ。そのへんは、アモス・ギタイのこだわりのあらわれだろう。

なお、タイトルにあるケドマとは、ユダヤ人を乗せてパレスチナに運んだ船の名である。



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