壺齋散人の 映画探検
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サタジット・レイの映画:代表作の解説

サタジット・レイは、インド映画を代表する監督であるばかりか、世界の映画に大きな影響を与えた世界レベルの映画作家として認められている。インドは多言語社会であって、ベンガル地方出身のサタジット・レイは、もっぱらベンガル語の映画を作った。インドでは、ヒンディー後は標準語としての機能をもっているが、ベンガル語は、方言扱いされているので、サタジット・レイの映画が、すべてのインド人に見られているわけではない。それでも彼の映画は、カルカッタを中心とするベンガル地方の文化・風俗を如実に描いたものとして、高い評価を受けている。

処女作「大地のうた」(1955年)で、はやくも世界的な評価を受けた。この映画は、ベンガル地方の農村部に暮らす家族の人間関係をテーマにしたものだ。家族同士の関係とか隣人との関係とか、都市と農村の格差とか、インド社会が内蔵するさまざまな問題が丁寧に描かれている。これ以後、「大河のうた」、「大樹のうた」を合わせて「オプー三部作」と言われている。オプーという少年の成長の過程を追う形になっているからである。

オプー三部作は、主に家族関係を重点的に描いていたが、次第にベンガル地方の社会全体に目をくばる映画を作るようになる。そうしたサタジット・レイの映画を見ると、現代のインド社会が抱えている問題が、視覚的に浮かび上がってくるようになっている。かれは、ストーリー性に拘った映画よりも、インドの現実を考えさせるような映画をめざしたといえる。日本の黒沢明が、サタジット・レイに深い共感を示していたことはよく知られているが、黒沢は、自身も若い頃に戦後日本のリアルな姿を、それこそドミュメンタリー・タッチで描いたことがあり(「すばらしき日曜日」をはじめとする一連の戦後映画)、そうした自分にサタジット・レイを思い重ねて、親近感を抱いたのだと思う。

1960年の映画「女神」は、インド人の因習的な生き方を描いたもので、現実の若い人妻が、女神として人々からあがめられるさまが描かれる。面白いことは、その若い妻が、自分が本当に女神になったと思いこむことだ。周囲からそのように待遇されると、若くて経験の乏しい女性は、迷信に囚われやすくなるのだろう。そういう迷信が、同時代のインドではまだ強く働いていたということが、この映画から伝わってくるのである。

1963年の「ビッグ・シティ」は、経済的な事情とはいえ、外で働いて自律的に生きる人妻を描いている。女性は家事に専念すべきだという考えが根強い社会にあって、外で働くことがどれほどの摩擦を生むか、よくわかるように描かれている。その翌年の「チャルラータ」は、19世紀のベンガルを舞台にしており、いわば時代劇である。19世紀のインドはイギリスの植民地だったわけで、この映画は植民地にあって外国人に支配される人々が、どのような形で自尊心を保てるかを考えさせるように作られている。この二つの作品は、サタジット・レイの代表作と言われている。

1969年の「森の中の昼と夜」は、大都市で仕事をしている若者のグループが、郊外の森の中で束の間の息抜きをするさまを描いており、当然恋のアドヴァンチャーもある。ところがその恋が、いずれも我々日本人にはめずらしく感じられるところが面白い。

1970年の「対抗者」は、大学を中退して職探しに夢中になる青年を描く。1975年の「ミドルマン」も青年の職探しがテーマだが、こちらは大学を卒業しても納得できる就職ができず、次善の選択として自営のビジネスを始めるのである。この青年はバラモン階級に属しており、バラモンにとっては、ビジネスマンは卑しいものとされている。そんなところにカースト社会インドの因習を感じさせられる。

以上を通じて言えることは、繰り返しになるが、サタジット・レイがストーリーよりもリアルな現実にこだわりつづけたということだ。かれは若い頃にイタリアのネオ・リアリズモの作品を見て大きな影響を受けたと言っているが、そうしたリアリズムの視点を生涯捨てなかったといえる。

サタジット・レイの映画の技術的な特徴は、ロングショットの長回しが多く、しかも時間がゆったりと流れるという点だ。モンタージュ的な作為性をほとんど感じさせず、目の前の出来ごとを凝視しているといった視線が伝わってくる。画面作りにおいては、明暗対比を重視することで、深い陰影を醸し出している。その陰影模様はバロック的と言ってよいほどだ。

ここではそんなサタジット・レイの代表的な作品を取り上げ、鑑賞しながら適宜解説・批評を加えたい。


サタジット・レイの映画「大地のうた」:ベンガル地方に暮らす家族の生き方

サタジット・レイの映画「大樹のうた」:インド人の夫婦関係

サタジット・レイの映画「女神」:ベンガル地方の宗教的因習


サタジット・レイの映画「ビッグ・シティ」:インドの大都市に暮らすサラリーマン一家

サタジット・レイの映画「チャルラータ」:イギリス統治下のインド

サタジット・レイの映画「森の中の昼と夜」:インドの若者たち

サタジット・レイの映画「対抗者」:インドの若者の求職活動

サタジット・レイの映画「ミドルマン」:インドのビジネスマン



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