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青いパパイアの香り:トラン・アン・ユン



「青いパパイアの香り」は、日本で始めて公開されるベトナム映画とあって、小生もものめずらしさから、神田の岩波ホールまで見に行ったものである。しっとりとした画面がなかなか印象的だったことを覚えている。四半世紀ぶりに見たところ、記憶の中身と違っているところがあったりしたが、それなりに面白かった。

記憶では、メードの少女が成長後主家の子息と結ばれることになっていたが、じっさいには、他の家の主人と結ばれるのであった。いづれにしても、貧しい少女が小さい幸福をつかむといった、ある種の成功物語である。

舞台は1951年のサイゴン。その頃はインドシナ戦争(対フランス独立戦争)の最中であるが、映画には戦争の影はない。貧しい少女が、サイゴンの一角にある家にメードとして雇われる。以後この少女を中心にして、さまざまなエピソードが語られる。映画の前半三分の二は、そうしたエピソードに当てられるのである。

そこから十年がたち、少女は美しい女性に成長した。後半三分の一は、その女性が若い男と結ばれる経緯が語られる。少女の主家は、没落まではいかないが、経済的に苦しくて、メードを雇う余裕がない。そこで知人の家に移ることになる。そこの主人は知らない人ではなく、少女時代から知っている人だった。そんなこともあって、二人はやがて愛し合うようになる、というのがおおまかな筋書きである。

家が貧しくて、他人の家に奉公に出されるのは、かつての日本でもよくあったことだ。日本の場合には、「おしん」のような例外もあるが、だいたいは雇い主の妾になるのが普通だった。とろこがこの映画では、娘は妾ではなく、対等の結婚相手として見られている。そのへんは、ベトナムの文化なのだろうか。

タイトルになったパパイアは、いまでは日本でもよく見られるようになったが、この映画が公開された頃は、まだ普及していなかった。小生などは、この映画で初めて見たほどだ。見ての印象は、うり科の植物といったものだったが、おそらくそれに近い種類の植物なのだろう。




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