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中国映画「白い馬の季節」:内モンゴル人の生活環境を描く



2005年の中国映画「白い馬の季節」は、内モンゴルの草原地帯に暮すモンゴル人遊牧民の厳しい生活ぶりを描いたものだ。監督のニンツァイは内モンゴル出身の俳優で、これが初メガホンだという。モンゴル人の生活ぶりが情緒たっぷりに描かれており、見甲斐のある作品である。

舞台は内モンゴル地区の草原地帯。伝統的に遊牧で成り立ってきたところだ。その遊牧生活が、環境の変化もあって危機に瀕している。草原の草がことごとく枯れて、家畜の餌が確保できないのだ。このままでは、遊牧生活は成り立たなくなる恐れがある。実際羊などの家畜は、次々と餓死する始末なのだ。

この不毛な草原地帯で牧畜生活を行っている家族が主人公である。一家は現金収入がなく、子どもの学費も払えない貧困ぶりだ。妻はそんな生活に見切りをつけ、家畜を売り払って町に移ろうと夫に訴える。しかし夫は、先祖代々従事してきた牧畜の仕事をやめる考えはない。

そんな夫婦を中心に、かれらモンゴル人の生活ぶりが情緒豊かに描かれる。妻は子どもの学費を稼ごうとして道路沿いで自家製のヨーグルトを売る。一方飢死した羊の皮を二束三文で売り払う。彼女は商品の相場を知らないので、ブローカーの言い値で売ってしまうのだ。

夫のほうは、羊を別の場所に移そうとするが、そこは国家管理のもとにおかれていて、いまや囲い込みがなされつつある。夫がそれに抗議すると、逆に警察から逮捕されてしまう。踏んだり蹴ったりなのだ。村長は、いまや草原はすべて国家管理に移っており、遊牧民が使うことはできないと言って、夫をさとす。その理由は砂漠化を食い止めるためだという。

切羽詰った夫は、白馬を売って家計の足しにしようとする。かれにとって愛馬は、家族同様なのだ。それを売ってまで、いまの生活を守ろうとするのだが、焼け石に水である。結局時代の波には勝てず、夫も町への移住に同意する。映画はその夫が、小さな息子に手を引かれながら町に向かうシーンで終わるのである。

そんなわけで、内蒙古で伝統的に遊牧に従事してきた人々が、自分たちの生活基盤を犯され、かつ政府からも見放される様子を、あまり批判的な視線を表に出さずに描いている。そのためかえって、彼らの環境の厳しさが即物的に迫って来る。

中国は多民族国家で、内モンゴル人のほかに、ウィグル人やチベット人といった人口の多い民族を抱えているが、どの民族も厳しい環境におかれている。特に、従来は自治が機能していたのに、最近は漢族によって支配されるといった傾向が強まっている。漢族は、少数民族の同化にいそしみ、その独自文化を尊重しようとする姿勢は弱いようである。それによって、チベット人やウィグル人は厳しい環境変化に見舞われていることはよく知られている。モンゴル人もまた、自分たちのアイデンティティの危機に見舞われているということが、この映画からはひしひしと伝わってくる。

なお、この映画からは、モンゴル人の男尊女卑思想が垣間見える。夫の意見は絶対で、妻は懇願することは許されても、夫の意見に意を唱えることはできない。かつての日本の夫唱婦随文化より徹底している。



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