壺齋散人の 映画探検
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上海家族:現代中国人の家族像



2002年の中国映画「上海家族(仮装的感覚)」は、思春期の少女の視線から見た中国人の家族関係を描いた作品。この映画を見ると、現代中国人の家族関係の特徴が、すくなくともその一端は、理解できるのではないか。日本の家族関係と比べると、かなり違ったところがあるように思える。それはおそらく、親族の構成原理が違っているからだろう。エマニュエル・トッドの家族類型論によれば、日本の家族は、長子相続を柱にした権威主義的なものなのに対して、中国の家族は、家父長制を柱とした平等主義的なものだという。その違いがこの映画では浮き上がってくるように見える。

主人公は一組の母子。母親は亭主の浮気に我慢できず、離婚して家を出ていく。しかし自立できているわけではないので、実家を頼る。しかし実家には、弟の妻がいて、それが小姑となって母子の邪魔をする。実家の家長は祖母だが、これにはあまり経済力がなく、娘親子の面倒までは見きれない。また、女の出戻りは、非常に不体裁なことだと考えている。そこで適当な男を見つけて、娘を再嫁させるのだ。

ところがその再婚相手がひどい男だった。母親より娘のほうが強い嫌悪感を示すので、母親は再び離婚を決意する。しかし実家をいつまでも頼るわけにはいかない。祖母は、自分の娘が可愛いのだが、娘親子と弟の家族を両方とも容れられるほど家は広くはない。そんな事情を考えた母親は、別れた帝主との間で財産分割を行い、それで得た金で粗末なマンションの部屋を買い、そこで娘と水入らずの暮らしをする決心をする、といったような筋書きだ。

見所はいくつかある。まず、実家の家族関係。日本でも、女が子どもを連れて実家に戻ることはよく思われないが、中国ではそれがもっと強い。というのも、兄弟同士は競争関係にあって、互いに親の愛情を独占しようとするからだ。せっかく親の愛情を独占できているところに、別の同胞が加わるとやっかいなことになる。中国の兄弟関係は、平等に近いから、余計にそのようなことになる。日本の場合には、家を継いでいるのは長男であり、(長男に経済力があれば)年下の兄弟はその庇護を期待できもするが、中国の場合には、兄弟はみな平等なので、そういうことにはならない。兄弟はライバル同士なのだ。

ついで夫婦関係。この映画の中の母親は、亭主の浮気に我慢できず離婚するわけだが、それが祖母には気に入らない。亭主が浮気するのは男の甲斐性であり、女がわざわざ目くじらを立てることではないと思い込んでいるのだ。一昔前の日本でも、妾を蓄える風習はあったが、さすがに現在では妾を持つことは悪徳と見なされ、また浮気も悪だと思われるようになった。だから日本の男たちは、妻の目を盗んで浮気に励むことを余儀なくされる。ところが中国では、いまでも公然たる浮気が横行している、というふうにこの映画からは伝わってくる。しかも亭主の浮気を妻は大目に見るべきであって、目くじらをたてるべき筋合いのものではないということらしい。

母子の結びつきは、たった二人だけということもあって、かなりの強さを感じさせるが、これは中国に限らず世界的に普遍的なことなのだろう。ともあれ、その強く結びついた母子が、上海という大都市の中で、時には肩を寄せ合い、時には反発しながら、けなげに生きていくわけである。その生き様が、日本人の小生にも、なかなか好ましいものに思えた。

なお、原題の「仮装的感覚」とは、「ふりをしている」というような意味だが、これは家族のふりをしているということか。




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