壺齋散人の 映画探検
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李安「ラスト・コーション」:日中戦争時代の中国



李安の2007年の映画「ラスト・コーション(色、戒)」は、中国を舞台にした中国映画である。台湾人の李安についてこんなことをいうのは、かれが自分の国籍にとらわれず、外国人を主人公にした映画を多く作って来たからだ。この映画も、大陸の中国を舞台にしている点では、台湾とは異なった土地の出来事を描いているわけだ。李安は、台湾人でありながら台湾人としてのアイデンティティが希薄な監督である。その点では、台湾にこだわり続けた侯孝賢とは異なっている。

映画の舞台は、日中戦争時代の中国、上海と香港だ。日本は中国への侵略を進め、汪精衛政権を傀儡として中国を支配していた。その中国にあって、愛国心旺盛な学生たちが、自分たちなりに抗日戦に参加しようとする。最初は香港の劇場で抗日戦士を描いた劇を上演して中国人の愛国心を鼓舞したりしていたが、そのうち、汪精衛政権の幹部暗殺計画をたてる。その暗殺に、チアチーという女学生がかかわる。彼女はスパイとなって、汪精衛政権の幹部易に接近し、機会をねらって命を奪おうとするのだ。

色仕掛けで男を油断させようというわけだが、彼女はまだ処女で、セックスの仕方も知らない。そこでセックス経験のある仲間の男と交わって、性交の技術を高める。それが身を結んで、彼女は易の誘惑に成功する。易は若い彼女の肉体に魅せられて、彼女とのセックスに没頭するのだ。映画の見所は、この男女のセックスシーンである。普通の映画としては、非常に濃厚なセックスシーンが繰り返される。さまざまな体位で交わる男女の肢体は、古い文明を誇る中国が育んできたものとして、実にエロチックである。とくに主人公のチアチーが豊かな腋毛をなびかせ、乳首を勃起させるところなどは、人をして驚愕せしむるものがある。

ところが、この男女は、本来敵同士にかかわらず、愛し合ってしまうのだ。下半身がかれらを強く結びつけ、上半身の言うことを聞かなくなってしまったのだ。そんなわけで、彼女は肝心なところで役目を放り出し、仲間と共に拘束されるハメになる。彼女の肉欲が愛国心を打ち負かしたのである。原題の「色、戒」は、その肉欲を戒める言葉なのであろう。日本語なら「肉欲注意報」といったところか。

この映画の中の愛国者たちは、国民党のために動いている。国民党が抗日戦を戦っているというふうに描かれている。かれらが青天白日旗を掲げながら町を行進するシーンが出てくる。それに対して日本軍は、あまり出て来ない。出てくるとしても、日本の軍人たちが女郎屋でドンちゃん騒ぎをする程度である。日本人はスケベで間抜けな生き物として描かれている。

国民党を抗日戦の英雄とすることころは、李安なりの考えがあってのことだろう。侯孝賢は国民党嫌いで、蒋介石より日本のほうがましだったというような描き方をしたものだが、李安は逆に共産党嫌いで、その分国民党に好意的なのだろう。

映画は、かつての愛国学生たちが、王精衛政権の役人たちによって銃殺されるところで終わる。



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