壺齋散人の 映画探検
HOMEブログ本館美術批評東京を描く水彩画動物写真西洋哲学 プロフィール掲示板



蔡明亮「黒い眼のオペラ」:マレーシアの貧民たち



蔡明亮(ツァイ・ミンリャン)の2006年の映画「黒い眼のオペラ(黒眼圏)」は、もともとマレーシア出身だった蔡が、故郷のクアラルンプールを舞台に作った作品。テーマはマレーシアの貧民たちのみじめな生きざまである。貧民はどの国にもいるが、マレーシアの貧民はいちだんとすさまじい生き方をしている。しかもクアラルンプールは他民族都市であり、他国からやってきた貧民が加わって、社会の底辺はきわめて混沌とした様相を呈している、というようなことを感じさせる映画である。

一組の男女が結ばれるという設定なのだが、何しろ例によって、セリフはないも同然だし、事態の進行を言語で説明するという配慮もないので、いったいどうなっているんだととまどうところもあるが、画面の展開が超スローなこともあって、なんとなく伝わってくるようにはなっている。

その一組の男女は、映画の冒頭ですれ違うように描かれた後は、しばらくは別々に、まったく無関係のままにそれぞれの道を進んでいくさまが描かれる。道といっても、ないようなものだ。男の方は、クアラルンプールの街角で、ならず者の博打騒ぎに巻き込まれて瀕死の重傷を負った後、気のいい男に拾われてその世話になる。その気のいい男にはホモのけがあって、瀕死の男を拾ったのは、それなりに打算によるものだったと思わせられるように出来ている。

一方女のほうは、食堂をやっている女の下女のような扱われ方で、店の仕事を手伝うかたわら、女主人の寝たきりの息子の世話をさせられている。彼女の前途にはまったく希望がない。

そんな二人が、偶然再会する。もっとも本人たちは初めて会ったと思っているらしい。男のほうは、瀕死の怪我から回復したばかりで、久しぶりに女と仲良くしたことで、すっかりのぼせ上ってしまう。女のほうもまんざらではなく、二人で廃墟のようなところにしけこんでセックスをしたりする。金もないし、身分証明書も持っていないからホテルに泊まれないということになっているが、実はどこでもいいのである。その廃墟というのは、クアラルンプールの都心部にあって、床が一面の湖になっている不思議な場所である。コンクリートむき出しの床なので、その上に直接寝るわけにもいかず、二人はどこかで手に入れたマットレスを運び込んで、その上でセックスするのである。マットレスといえば、気のいい男が瀕死の男を拾ったのも、マットレスを運んでいる最中だった。そのマットレスにダニが住み着いて寝られなくなると、気のいい男は別のマットレスを手に入れて、ダニのいない場所に設置したりする。男女が廃墟に運び入れたマットレスは、それかもしれない。

とう具合いで、劇的な要素はいささかもなく、ただただ貧民たちの情ない生きざまが淡々と描かれるばかりである。劇中色々な国籍の人間が出てくる。気のいい男は右手の指で食事をしているからマレー系だと推測される。一方女は箸を使っているから華僑系なのであろう。なお、どういうわけか、李香蘭の歌声がテーマ音楽のように流される。蔡明亮の日本贔屓のあらわれだろう。




HOME台湾映画蔡明亮









作者:壺齋散人(引地博信) All Rights Reserved (C) 2013-2021
このサイトは、作者のブログ「壺齋閑話」の一部を編集したものである