壺齋散人の 映画探検
HOMEブログ本館美術批評東京を描く水彩画動物写真西洋哲学 プロフィール掲示板

賈樟柯(ジャ・ジャンクー)の映画「世界」:現代中国の若者たち



賈樟柯(ジャ・ジャンクー)の2004年の映画「世界」も、オフィス・キタノの協力を得て、日本資本が加わって作られた作品。同時代の中国の若者たちの生態を描いている。前作の「青の稲妻」では、内陸部の発展が遅れた地域で暮らす若者たちの、豊かさへのあこがれがテーマだったが、この映画では、北京に暮す若者たちの生きざまがテーマである。もっともかれらのほとんどは、北京出身ではなく、地方から出稼ぎにきたのである。

北京郊外にあるテーマパーク「世界公園」で働く若者たちを描く。世界公園というのは、世界中のモニュメントを縮尺表示したものを集めたもので、日本の日光にある「東武ワールド・スクエア」をモデルにしたものだ。名称も同じであるが、広さは大分違う。北京のは47ヘクタールもあるという。(日光のは7.6ヘクタール)

タオと呼ばれる女性が主人公。第二声で「タオ」と呼ばれているから、漢字では「桃」と書くのだろう。彼女はベテランのダンサーで、若い女性たちから「姐さん(ジエジエ)」と呼ばれている。警備の仕事をしているタイシェンと恋人の関係だ。警備を中国では「保安」と称している。その保安が公的な領域にかかわると「公安」になるのだろう。

たいした物語性はない。さまざなな出来事が次々と起るさまを淡々と描く。タオの元恋人がモンゴルのウランバートルへ出稼ぎにいったり、タオシェンが仲間に依頼されて太源へゆき、そこで他の女とねんごろになったり、ロシアからダンサーとしてやってきた女性が、人身売買のブローカーから売春をさせられたり、地方から出稼ぎにきた若い男が建設現場で事故にあったり、ダンサー仲間のウェイが、執拗に求愛する男の根気に負けて結婚する気になったりと、相互にたいしたつながりのない出来事が、淡々と語られていくといった具合だ。

以外なのは、映画の最後で、タオとタイシェンがガス中毒で死んでしまうことだ。心中のように見られるが、かれらには心中する動機がないから、うっかり死んでしまったとしか言いようがない。しかも死んだタイシェンがタオに向かって「俺たちは死んでいるのか」と尋ねる。それに対してタオは、「これから新しい人生を始めるのよ」と応える。大拙居士によれば、中国人にはあの世の感覚はほとんどないというから、タオはあの世で新しい人生を始めるのではなく、この世で始めるのだと言っているように聞こえる。

一番インパクトの強い場面は、ロシア人ダンサーがブローカーに騙されて売春をさせられるところだ。このブローカーはロシア人の男なのだが、ロシアから連れてきた女たちからパスポートを取り上げ、事実上監禁状態にしたうえで、彼女らに売春をさせるのである。日本にも女衒はいるが、ロシアの女衒はかなり威圧的に見える。

次にインパクトの強い場面は、事故で死んだ男の始末にかかわるところだ。その男の死は、雀の涙ほどの補償金を両親に支払うことで償われるのだ。中国では、人の命は安いとよく言われるが、この場面は、その命の安さを思い知らせてくれる。




HOME中国映画賈樟柯 次へ









作者:壺齋散人(引地博信) All Rights Reserved (C) 2013-2021
このサイトは、作者のブログ「壺齋閑話」の一部を編集したものである