壺齋散人の 映画探検
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U・ボート:ヴォルフガング・ぺーターゼン



1981年のドイツ映画「U・ボート」は、文字通り潜水艦U・ボートの戦いぶりを描いたもので、一応戦争映画のジャンルに入る。ドイツは、かなり複雑な事情から敗戦したこともあって、戦争を正面から見つめるような映画を作ることを長い間ためらいっていたかのような感じを受けるのだが、1981年ともなれば、戦争の記憶にもヴェールがかかってきて、戦争を過去の出来事として客観的に見つめようとする姿勢が出てきたのだろう。この映画には、そうした戦争に対する客観的な視線が働いているように見える。

ドイツは、基本的には陸軍中心の国であり、海軍力は充実していなかった。そんななかで潜水艦は、即戦力として期待され、U・ボートと称される小型潜水艦が大量に生産された。これら潜水艦は、デビュー当時には大きな戦力となったが、次第にその性能を敵方に把握され、格好の餌食となっていった。この映画が描いているのは、1941年の11月以降のことであるが、すでにその時点で、U・ボートが陣通力を失い、敵方の駆逐艦の餌食となっていたことが映画からは明らかに伝わってくる。

ドイツ軍が陸上戦で大後退を喫し、大戦の帰趨が大きく転換したのには、1942年の後半に戦われたスターリングラード攻防戦がメルクマールとされているが、海上戦ではそれ以前、すでに1941年の頃に決定的な劣勢に立たされていた。この映画は、その決定的な劣勢の中で、絶望的な闘いにいどむ兵士たちを描いたものだ。彼らには勝利の可能性はほとんどなく、また自分の従事している戦いについて疑念なしに身をささげるという気持ちにもなれない。そうした非常に切羽詰まった状況のなかで、兵士たちの人間的な行動を覚めた目で追うというのがこの映画の特徴である。そこにはヒロイズムはなく、また過度の自虐性も見当たらない。極限状況における人間の行動を描くという面に、ドイツ人らしい冷静さを垣間見ることができるといった感じである。

この映画は、1941年の11月にフランスのラ・ロシェール港から出航した潜水艦U96号を舞台にしている。潜水艦の任務は、大西洋上をパトロールして、適宜敵方の艦船を攻撃せよというもので、個別具体的な戦略はない。面白いことに、この任務に同時にあたっているUボートがわずか12席しかいないということだ。たった12席の潜水艦が、当時のドイツ海軍が有する唯一の攻撃力だったというおそまつな現実が、映画の中では強調されるのである。これは、第二次大戦中に米軍の圧倒的海軍力に直面した日本海軍と多かれ少なかれ似たような状況だったと言えるが、ドイツ海軍は日本海軍以上に脆弱な戦力しか有していなかったということが強く伝わってくる。

唯一の戦闘能力をもつ潜水艦と言っても、万能の戦力ではない。むしろかなり劣った戦力なのだ。まず、駆逐艦と遭遇したら、逃げるほかにとる手立てはない。逃げないと必ず沈められてしまうからだ。この映画を見ていると、ドイツの潜水艦が英軍の駆逐艦にいいようにやられっぱなしといった情況が伝わってくるのだが、実際当時の潜水艦の能力を以てしては、駆逐艦には全く歯が立たなかったようだ。

駆逐艦の方は、潜水艦の航跡をレーダを通じて正確に把握し、潜水艦の真上にやって来て爆雷を落とす。その爆雷を食らった潜水艦は、打ちどころが悪いとたちまち破壊されてしまう。破壊を免れるためには、海中深く潜らねばならない、しかしあまり深く潜りすぎると水圧のために破壊される恐れがある。といった具合で、ドイツの潜水艦には殆どいいところがない。

たったひとついいところは、五隻からなる輸送船団を発見して魚雷攻撃をしかけ、そのうちの二隻を撃沈したことだ。撃沈された輸送船の乗組員は、潜水艦に救助を求めるが、潜水艦側には捕虜を養う余裕はないので見殺しにする。それでもドイツ側が良心の呵責を感じないのは、輸送船の友軍でさえ彼らを見捨てたからだ。

船体の痛んだU96は、ラ・ロシェールに寄港しようとするが、海軍の上層部からイタリアのラ・スペチアに直行するよう命令を受ける。大西洋からイタリアに向かうにはジブラルタル海峡を抜けねばならない。しかしジブラルタル海峡は英軍の制圧下にあって、そこを無事抜けるのは不可能に近い。その不可能に近いことをU96の乗員たちは一致団結して乗り越え、命からがらラ・スペチアに到着するのだが、上陸した彼らを連合軍の爆撃機が遅い、潜水艦もろともに敵の餌食になってしまうのだ。

つまり海底での危機は何とか乗り越えたものの、地上に降りたとたんに命を失ってしまうわけだ。潜水艦乗りとしてはなんとも無様な最期ではないか。

この映画の公開版は135分という上映時間だったが、筆者が見たディレクターズ・カット版は三時間半もの長さだった。それでも途中退屈を感じなかったのは全編張り詰めた雰囲気が充満していたからだろう。その雰囲気を和らげようと、兵士たちを裸にして身体検査をする場面を映していた。兵士たちのほとんどは陰毛に毛じらみを養い、中には眉毛に毛じらみを遊ばせているものもある。




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