壺齋散人の 映画探検
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バーダー・マインホフ 理想の果てに(Der Baader Meinhof Komplex)



バーダー・マインホフ・グループは別名を「ドイツ赤軍」といって、1960年代末期から70年代にかけて反体制運動を展開した過激派グループのことだ。学生運動のリーダー、アンドレアス・バーダーと、それに共鳴したジャーナリスト、ウルリケ・マインホフから名付けられた。2008年のドイツ映画「バーダー・マインホフ 理想の果てに(Der Baader Meinhof Komplex)」は、この二人を中心としたグループの活動ぶりと彼らの死を描いたものだ。

この手の映画の是非は、対象としたグループの主張をどこまで正確に表現できているかにかかっている。そこが曖昧だと、ただの暴力批判映画になったり、逆に暴力礼賛映画になってしまう。この映画について言えば、かならずしも「ドイツ赤軍」の主張が観客にわかりやすく伝わっているとは言えない。したがって観客はこの映画を見て、ある種荒唐無稽な暴力団体の暴発ぶりを見せられているかの印象を持たされるのではないか。

映画は、1968年前後に西欧で盛り上がった学生の反乱がドイツでも盛り上がったことを描写することから始まる。ドイツの場合には、資本主義への懐疑のほかに、ベトナム反戦とかイスラエルによるアラブ侵略といったものに対して学生たちが激しく反応したということになっている。そして彼らは自分たちの主張を通すために、暴力に訴える。その暴力はベルリン・オリンピックでのイスラエルへの襲撃とか、政府や財界の要人に対するテロといった形をとる。

60年代末から70年代にかけての西欧諸国の学生運動は、暴力的な形を取ることが多かったのだが、なかでもドイツはもっとも暴力的な色彩を呈したと言われる。その点では日本赤軍をはじめさまざまな暴力的団体が現れた日本の場合と似ているところがある。赤軍という名称を使っている点でも共通している。

日本の場合には、いわゆる内ゲバというものを通じて仲間同士が殺し合ったりしたが、ドイツの場合、この映画を見る限り、仲間同士の殺しあいはなかったようだ。彼らの敵対心は体制の有力者に向けられている。

それにしても彼ら過激派の武装闘争はかなり本格的だ。機関銃で武装したり、爆弾をしかけて政府機関の建物を爆破したり、ハイジャックをしたりと、スケールの大きな武装闘争を行っている。日本の場合にも三菱ビルの爆破とか、浅間山荘での警官隊とのぶつかり合いとか、派手なことはあったが、この映画のなかのドイツの過激派ほどすごくはない。

映画は、過激派の暴力を描写する一方で、権力側の弾圧ぶりも描写する。それを見ると、学生たちが権力に向かって暴力的に対応することには一理あるようにも思わされる。権力は権力で、刃向かう者には容赦がないのだ。

その一方で、反体制暴力分子といえども、デュー・プロセスという民主的原理に基づいて裁くという姿勢は徹底している。彼らの裁判には大勢の仲間たちが押し寄せ、外野から仲間に声援を寄せたり、裁判官を批判したりする。その場面を見ていると、ドイツという国は実に寛容な国柄だという印象も伝わってくる。路上で学生たちに襲いかかる権力と、法廷で被告たちに言いたいことを言わせる権力と、果たしてどちらが本当の顔なのかと思わずうなってしまうくらいだ。

バーダーとマインホフは映画の中程のところで逮捕されてしまうのだが、その後も過激派団体に強い影響力を持ち続ける。しかしバーダー等は自分たちが直接それを煽っているわけではないので、複雑な気持ちになる。自分たちの影響を受けた連中が過激化しているのだが、自分たちはそれに責任があるわけではない。だからそういう連中に対して、自分たちとは関係がないと言ったりする。

自分たちの始めたことが、自分たちの思惑を越えて暴力的になっていくことに、彼らは深い絶望感を感じざるを得ない。その結果、彼らは自殺してしまうのだ。ドイツの刑務所は結構開放的で、囚人は容易に自殺することができるらしい。その自殺を彼らの後継者たちは権力による殺害と受け取るのだが、それは一方的な思い込みに過ぎない。

というわけでこの映画は、過激派の暴走を描いているのだが、その暴走をどんな思想が支えているのかよく見えないために、後味の悪い暴力映画といった印象から逃れきれない。どうもそんなふうに感じさせられる。

この映画から伝わってくることとしてはもうひとつ、ドイツでは女性が男勝りの行動をしているということがある。ウルリケ・マインホフのほかに、グドルン・エンスリンとかペトラ・シェルムとかいった女性たちが男顔負けの戦いぶりを発揮する。それを見ると、日本とはあまりにも大きな落差を感じさせられる。日本にも重信房子のような女傑がいないわけではなかったが、ドイツのように大勢の女闘志たちが男たちをけしかけながら自ら先頭に立って戦うというようなことはなかった。




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