壺齋散人の 映画探検
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カスパー・ハウザーの謎:ヴェルナー・ヘルツォーク



ヴェルナー・ヘルツォークの1974年の映画「カスパー・ハウザーの謎(Jeder für sich und Gott gegen alle)」は、十九世紀の初めごろに実在した孤児をテーマにした作品である。カスパー・ハウザーと名付けられたこの孤児は、生まれて以来牢屋のようなところに監禁され、人間世界との接触がいっさいなかった。そのため、人間として必要な知識や態度を身に着けていなかったといわれる。その少年が十六歳の時に、人間世界のなかに放り出される。かれは、十六歳にして初めて、人間として生きていくための知識や態度を身に着けるべく学習しなければならなかった。映画は、そんなかれの学習の過程を中心にして描いているのである。いわば野生児が文明人になる話である。

この野生児が人間世界のなかに現われたのはドイツのニュルンベルグの街だったという。かれがどこからやって来たかはわからない。映画では、ひとりの男に担がれるようにしてやってきたということになっているから、おそらくニュルンベルグの近くから来たのだろう。その街の広場にひとり取り残されたかれは、街の有力者によって保護され、さらに牧師の家にあずけられる。そこでかれは人間として生きる上で必要な事柄を学んでいくのである。

牧師の家で養われるわけだから、牧師は当然、かれに宗教的感情を植え付けようとする。しかしすでに成長したかれには宗教的な感情が理解できない。聖書に書かれていることもナンセンスだ。そんなものを信じるのは愚かなこととしか思えない。信仰の前に覚えなければならないことがたくさんあるように思われるのだ。

一方かれは、音楽には強い関心をしめす。ピアノを熱心に練習して、いっぱしの曲が弾けるようにもなる。そういう場面を見せられると、やはりドイツ人にとって音楽は、生きていくうえで欠かせないものだとのメッセージが伝わって来る。

まだ十六歳ということもあって、かれは比較的順調に学習を積み重ね、まともな人間として生きていくうえで必要な知識や態度を身に着けていく。この調子だと遠からず立派なドイツ人になれそうだと思われたところで、何者かによって襲われ、死んでしまうのである。

かれの遺体は解剖され、肝臓や脳の状態を調べられる。脳についていえば、小脳が異常に発達していた。原始的な生き方が長かったために、大脳よりも小脳が発達したということらしいが、人間の脳にそのような変化が生じえるのか、筆者にはわからない。

映画を見ての感想は、野生児の視点から、文明を相対化した見方が披露されているというものだ。この映画が高い評価を得たのは、そうした文明批判の部分が新鮮に映ったからだろう。




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