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ラース・クラウメ「アイヒマンを追え」:アイヒマン裁判



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ラース・クラウメによる2015年のドイツ映画「アイヒマンを追え!ナチスがもっとも畏れた男(Der Staat gegen Fritz Bauer)」は、いわゆるアイヒマン裁判をテーマにした作品。アイヒマン裁判といえば、アウシュヴィッツの所長としてホロコーストを推進した男であり、戦後アルゼンチンに潜伏していたところを、イスラエルの諜報機関モサドによって逮捕され、イスラエルで裁判された結果、絞首刑になったのだが、そのアイヒマンの裁判に、ドイツ人の検事が一役かっていたというのが、この映画のミソである。

アイヒマンの逮捕に執着するのは、フランクフルトで活躍する検事長フリッツ・バウアー。かれはアイヒマンの裁判を通じて、戦時中のナチスの大物も芋づる式に逮捕したいと考えている。そんなにも執着するのは、かれの出自がユダヤ人だから、ということになっている。そんなかれの動きを、同僚はもとより、ドイツの国家権力を握っている連中が気に入らない。かれらはもともとナチスと通じていた連中で、ナチスの残党といってよい。だから、バウアーの動きに対して、陰に陽に妨害を行うのだ。

バウアーは孤立無援だが、唯一部下のアンガーマンと共に、アイヒマンの行方を突き止めようとする。アイヒマンはアルゼンチンに潜伏している可能性が高いということがわかる。そこでバウアーは、アイヒマンの潜伏先をイスラエルのモサドに情報提供し、モサドによって逮捕してもらおうと考える。ドイツ当局には期待できないからだ。だが、そういう行為(自国民を他国に売り渡すこと)は、ドイツ連邦法によって国家反逆罪に指定されている。だからバウアーには、かなり大きなリスクがともなう。しかし、バウアーはそういったリスクを冒してまでも、アイヒマン逮捕にこだわる。

そんなかれには、卑劣な脅迫が加えられ、また部下のアンガーマンも同性愛の現場を押さえられたりして、キャリアが危うくなったりする。ドイツでは、同性愛は犯罪だというのだ。アンガーマンは、ただ相手と相互手淫をしただけなのだが、それが禁固刑に値するというから驚きである。

バウアーは知力を尽くして、モサドによるアイヒマン逮捕を成功させる。かれとしては、そのアイヒマンをドイツで裁きたいのだが、ドイツの当局はバウアーの計画を却下する。その結果アイヒマンはイスラエルで裁判にかけられることになったというのである。

こんな具合で、筋書はアイヒマン裁判の舞台裏ということになっている。原題の「Der Staat gegen Fritz Bauer」は、国家対フリッツ・バウアーという意味だが、それはナチスの残党がいまだにはびこっている国家権力機関と、一ドイツ人(ユダヤ系だが)の闘いということなのだろう。その戦いにバウアーが勝ったといえるのかどうか、それは見方によると思う。なおバウアーは、この数年後、いわゆるフランクフルト・アウシュヴィッツ裁判の陣頭指揮をとることになる。その裁判の結果、ナチス残党の少なからぬ部分が断罪されるのである。フランクフルト・アウシュヴィッツ裁判については、2014年のドイツ映画「顔のないヒトラーたち」が取り上げて描いている。



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