壺齋散人の 映画探検
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es:オリヴァー・ヒルシュビーゲル



オリヴァー・ヒルシュビーゲルの2002年の映画「es」は、ある特殊な実験をテーマにしたものだ。その実験とは、ある種の行動科学実験で、疑似監獄を舞台にして、囚人と看守に別れた被験者が二週間を過し、どのような行動上の特徴が見られるかを分析しようというものだ。その結果、看守側の人間は、秩序維持のために抑圧的になり、囚人側は、初めは抵抗の姿勢を見せるが、やがて従順になっていく。しかし、看守側の抑圧的な姿勢は一層極端化し、最後には自分たちの雇い主まで攻撃するばかりか、殺人行為にまで発展するという異常な事態に陥るというのが、この映画のミソである。そんなことからこの映画は、人間の中に潜んでいる攻撃衝動をあぶり出したともいえる。そういう攻撃衝動は、かつて強制収容所で見られたのと同じタイプのものだ、というメッセージが伝わってくるように作られているようである。そういう攻撃的な人間を見せつけられると、ドイツ人というのは、誰もがナチス的な資質をもっていると思わされる。

タクシー運転手のタレクは、疑似監獄実験のスタッフを募集する広告を新聞で見て応募する。報酬がいいのと、これを記録してメディアに売れば一儲けできると考えたのだ。そこで眼鏡に小型カメラを仕込んで実験に臨む。かれを含めた12人が囚人の役を演じ、ほかの10人ほどが看守役を演じる。期間は二週間だが、つらくなったらいつでもやめてよいと言われる。かれらは、どうせこれは実験であって、現実とは異なるのだから、そんなに大げさに考えることはないとばかり、気楽な気持ちで始めるのだが、わずか二日後には深刻な事態が発生する。看守役に夢中になったものが、秩序を乱すものに暴力的な姿勢をとったのだ。秩序を乱したのはタレクだが、そのきっかけは同房のシュッテだった。シュッテは、食事に出されたミルクを飲もうとしないので、それを飲ませようとする看守役のベルスから眼をつけられる。そのベルスがこの映画の中で、最も狂暴な人間を演じることになるのである。

こまかい筋書きは省くが、つらくなった囚人が辞めたいと申し出ても辞めさせてもらえず、また看守役が多少の暴力を振るっても実験者が多めに見ているのをいいことに、看守らの暴力が段々とエスカレートしていく。タレクは暴力的に頭髪を剃られたり、また家庭用冷蔵庫程の大きさの箱の中に閉じ込められたりする。その挙句、実験当局のメンバー迄ひどい扱いをうける。女性のスタッフで、副責任者格のものは、裸にされたり強姦されそうになったりする。看守役の連中の暴力は、歯止めなく進行するのだ。

最後には、集団脱走を試みる囚人役と看守役との間で大乱闘になる。その挙句に二人の人間が殺され、多くの人間が傷つく。囚人役の中には、どういうわけか、現役の空軍将校も含まれていて、その男は当初は実験を静かに見ていたのだったが、そのうちに看守役の暴力に怒りが爆発し、ベルスを絞め殺そうとする。あやうく殺してしまう前に、タレクによって理性を取り戻すのである。

こういう具合で、人間のすさまじい業のようなものを感じさせられる映画だ。なお、原題は「Experiment(実験)」である。それに「es」という邦題をつけたのは、人間の深層意識に潜む攻撃衝動を強調するつもりか。




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