壺齋散人の 映画探検
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ヴィム・ヴェンダース「ミリオンダラー・ホテル」:ある種のサスペンス・ストーリー



ミリオンダラー・ホテルはロサンゼルスに実在するホテルだそうだ。もし映画のとおりだとしたら、名前とは裏腹に安宿ということらしい。映画はその安宿を舞台にして、ある種のサスペンス・ストーリーを展開してみせる。ある種のサスペンスと限定的な言い方をするのは、サスペンスとしては多少ゆるんだところがあるためだ。その理由は、主人公の青年が知的障害者で、かれの行動がかなりずっこけた印象を与えるからだ。

このホテルは、普通のホテルと違って、そこで暮らしている人が大勢いる。アパートみたいなものだ。主人公の知的障害者もそこで暮らしている。映画はその青年が屋上から身を投げるシーンから始まる。そのうえで、彼が何故そういう行動を取るに至ったのかについて、過去にさかのぼって追求するという形をとっている。「日は昇る」に始まる懐古スタイルの伝統に乗っているわけだ。

青年が自殺する決意をしたのは、親しかった詩人の友人を、ホテルの屋上から突き落としたことを悔いたからだと伝わって来る。しかし、かれを殺すつもりで突き落としたのか、あるいは友人の自殺願望に手を貸しただけなのか、その辺は明らかではない。この青年は、あこがれていた女性の愛を獲得したばかりで、自殺する理由などないはずなのだが、詩人と同じように、ホテルの屋上から身を投げるのだ。だからやはり、自分の罪を悔いているのだろうと、観客には伝わって来る。

この映画の見どころは、詩人が殺害されたことを疑ったFBIの捜査官がホテルに乗りこんできて、犯人捜しをするところだ。この捜査官は、むち打ち症患者のような首枷をしているところや、怪異な風貌から、ホテルの住人にフランケンと呼ばれる。彼が捜査に乗り出したのは、詩人の父親でユダヤ人の富豪である老人から依頼されたためだ。フランケンがその老人に、息子さんは自殺したのではないかと聞くと、ユダヤ人は決して自殺したりはしないから、殺されたに違いないと答える。それはともかく、アメリカでは富豪の要請によってFBIが動くということがあるらしい。

フランケンは、青年が容疑者とは考えない。かれは知的障害者だし、心も清らかそうだというのがその理由だ。だから、青年がテレビカメラの前で、自分が詩人を突き落としたと証言しても、信じようとはしない。青年がそんな愚かなことをしたのは、知的障害者であるかれが、テレビに出演する誘惑に勝てなかったからだというふうに伝わって来る。

フランケンは、それはジョークだろうと受け止めるし、恋人になったばかりの女性も信じられないといった表情をするが、青年は自分が詩人を屋上から突き落としたと主張する。その理由は、詩人がこの恋人である女性を侮辱したからだというのだ。その言葉を聞いて女性は、この青年が自分への愛情にもとづいて詩人を殺したのだと納得する。しかしその直後に、青年はホテルの屋上から身を翻してしまうのだ。

こんな具合で、この映画は一組の男女のラブロマンスにからめて、殺人事件の犯人捜しの物語を展開しているわけで、そのうえに主人公が知的障害者だったり、ホテルの住人たちがみなヒッピーだったりして、かなり盛沢山なモチーフが雑然と混在している。



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