壺齋散人の 映画探検
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ジャック・フェデーの映画「鎧なき騎士」:ろしあ革命の一齣



ジャック・フェデーの1937年の映画「鎧なき騎士」は、フェデーがイギリスに招かれて作った作品。テーマはロシア革命である。そのロシア革命を、結構否定的に描いているところから、「反ソ映画」に分類されることもあるが、フェデー自身に反ソ的な傾向があったのかは明らかではない。マレーネ・ディートリヒ演じる主人公の女性が、大地主で政府高官の娘となっていて、彼女をヒロインとしていることで、おのずから彼女寄りの視点に立つのだが、フェデーは革命の混乱を描くことよりも、その混乱を生きる男女の愛に焦点をあてており、歴史ではなく愛がモチーフだと言いたいようである。

1937年といえば、第二次世界大戦前夜であって、欧米列強は神経戦に血眼になっていた。この時点でのイギリスの立場は、ソ連を最大の敵とするもので、そのソ連をけん制するためには、ナチスには融和的になりがちだった。ミュンヘン会談の結果は、そうしたイギリスのナチスへの融和性がもたらしたものだった。そんなわけでこの時代のイギリスは、反ソを基本としていた。そういう空気が、イギリス人が書いた小説である原作に反映しているのだと思う。だが、フェデーはこの映画を単なる反ソ・プロパガンダ映画にはしなかった。かれを招いたイギリス人にとって不本意だったかもしれぬが、かれはこの映画を、男女の永遠の愛の物語にしているのである。

ロシア語に堪能なイギリスの青年(ロバート・ドーナット)が、イギリスの諜報機関からスパイとして採用される。任務はボルシェビキの動向を調査して逐次報告するというものだった。かれはロシア人になりきってボルシェビキに接近し、ペトログラードで政治活動をしているうちに、ツァーリ政府に逮捕されてシベリア送りになる。そのシベリアでの囚人暮らしが二年を過ぎたころに、ロシア革命が成功して、かれも解放される。

その後色々な事が起きるが、ある時、苦境に陥っていたマレーネを見て一目惚れしてしまう。マレーネは屋敷に押しかけてきた革命派によって血祭りにあげられそうだったのだ。そこを助けたドーナットは、以後彼女をエスコートしながら、方々を逃げ回る。ある時は、革命派によって銃殺されそうにもなる。そうした苦境を乗り越えて、二人は隣国のブルガリアに逃れるというような内容である。

ボルシェビキの横暴さは描かれているが、ドーナットの諜報活動は全く描かれていないし、また、反革命派(白軍)を美化するようなこともしていない。かれの任務はボリシェビキ政府の転覆を助けるようなことなのだが、そういった政治的な要素は、この映画では省かれ、あくまでも恋愛映画としてまとめられている。そうしたところに観客は、ジャック・フェデーの意志を感じることができるのではないか。なにしろこの映画は、第二次大戦前夜の張りつめた空気の中で公開されたのである。



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