壺齋散人の 映画探検
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ルイス・ブニュエルの映画「黄金時代」:欲情した男



ルイス・ブニュエルの1930年の映画「黄金時代(Age d'or)」は、「アンダルシアの犬」に続き、サルバドール・ダリの協力を得て作った作品。「アンダルシア」ほどではないが、前衛的な雰囲気の強い作品である。その内容があまりにも人を馬鹿にしていたので、怒った右翼がスクリーンに爆弾を投げつけたといういきさつがある。そのため長い間上映を控えた。被害者である映画のほうが、加害者の怒りを憚ったということだ。日本でも同じような出来事があった。雑誌に掲載された小説が気に入らないといって、右翼に攻撃された出版者が、被害者にかかわらず加害者の右翼にあやまったのだ。世に「中央公論」事件と呼ばれるものだ。

ほとんど意味をなさない出来事が脈絡なく展開する。場面はいくつかに分割できる。海が近い山の中に不具者や敗残者がこもっており、さそりをとったりしている。そこに坊主たちが数名祈りを捧げにやってくるが、その坊主たちはやがて法衣をまとった骸骨として発見される。それを発見したのは、船で押しかけてきた連中で、その中の一組の男女が人目をはばからず欲情する。それに怒った二人の男が、欲情した男をどこかに連行する。連行先はやがてローマの市街にかわる。そのローマでは、或る屋敷でパーティが催される。その屋敷には牛や羊が跋扈している。やがてパーティが始まると、そこへあの欲情した男がやってくる。パーティではコンチェルトが演奏されており、レーニンに似た禿げ頭の男が指揮をとっている。その音楽に合わせて、欲情した男は別の女と別の欲情を催すのだ。

こんな具合に支離滅裂といってよい内容だ。面白いのは、欲情した男が二人の男に連行される場面がカフカの「審判」のあの場面を連想させることだ。カフカはもしかしてこの映画を見て、あの場面を考えたのかもしれない。そのほか、牛が屋敷の部屋を歩き回るところは、「変身」を思わせる。また、レーニンによく似た男にコンチェルトの指揮をとらせたのはどういうわけか。コンチェルトの指揮は、世界の支配を連想しているのか。

ほかにもパーティの客の一人が幼い子供を銃で撃ち殺す場面とか、女の粗相に怒った男がその女に平手打ちをくわせるシーンとか、わけの分からぬ場面が頻出する。右翼でなくとも、怒りを覚える者がいても不思議ではない。

ガストン・モドが、欲情した男を演じていて、その欲情した男がいくつかの場面を媒介している。この映画の中のモドは、じつに愉快そうに演技している。なお、これはトーキーとして作られたが、セリフはできるだけ省略されている。



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