壺齋散人の 映画探検 |
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マルセル・カルネの1946年の映画「枯葉~夜の門(Les portes de la nuit)」は、連合国軍によるパリ解放後の1946年2月におけるフランス人の生きざまを描く。大戦はまだ終わっておらず、対独協力者とレジスタンス側との主導権争いのようなものに決着がついていないなかで、互いにいがみあうような状況があった。この映画はそうした対立関係にあるフランス人を描いており、息苦しさを感じさせる作品である。 クエジット上は、ピエール・ブラッスールが主演で、イヴ・モンタンは三番手になっているが、事実上モンタンが主演である。ブラッスールとモンタンは冒頭の場面で出会う(地下鉄車両内)」。その後、ブラッスールがハモニカをふく場面があり、それにあわせてモンタンが歌う。その曲というのが、一世を風靡したシャンソンの名曲「枯葉」なのである。この曲は、日本を含めて世界中で大ヒットしたのだったが、なぜか、それを主題歌とした映画のほうは、日本では上映されなかったし、欧米でもそんなに評判にはならなかった。 モンタンは、親友のレーモンの家をたずね、妻に話しかける。レーモンは死んだはずだというのだ。ところが本人は生きており、モンタンと話す。誰かのうらぎりでゲシュタポに捕まったが、どさくさにまぎれて助かったとレーモンはいう。レーモン一家とモンタンがカフェで食事をしていると、セルジュ・レジャーニ演じる男が現れる。この男がレーモンを売ったのだった。 一方、ある女が夫との間で別れ話をしている。その女というのが、レジャーニの妹で、その女とたまたま出会ったモンタンは彼女を愛するようになる。妻を他の男にとられそうになった夫は、妻の兄レジャーニにモンタンを殺させようとする、というような内容である。その複雑な関係にブラッスールも加わり、愛憎劇が展開されるというわけである。 最後に近い場面で、「死に方も選べない」とモンタンが言う。生まれ方は選べないが、死に方は選べるだろうとういうのがまともな考え方だ。それも選べないほど、運命の鎖が重いということか。 |
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