壺齋散人の 映画探検
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暗殺の森:ベルナルド・ベルトルッチ



ベルナルド・ベルトルッチの1970年の映画「暗殺の森(Il conformista)」は、一ファシスト党員による反ファシストの大物クアドリ教授夫妻暗殺をテーマにしたものだ。暗殺の舞台はフランスのある森のなかである。ただこれだけのことを二時間近くかけて描いている。多少冗漫といえば冗漫な作品だ。

主人公は、気の弱い青年。それがなぜ反ファシストを暗殺することになるのか。その動機はわからない。かれはクアドリに個人的な敵意をもっているわけではなく、実際直接会ってみると意気投合し、その妻とはあやしい関係になるほどなのだ。かれがクアドリ暗殺を企てるのは、単に上部から命令されたからにすぎない。

そんなわけで、殺意を持たない相手を、殺意を込めて、あるいはビジネスライクに殺すことができない。実に優柔不断な男なのだ。だからいざというときになると、諜報機関員らしい連中があらわれて、男にかわってクアドリを殺し、あまつさえ妻のアンナも殺してしまう。男はアンナを愛しているはずで、そのアンナから命乞いをされるのだが、なにもしてやらず、ただ殺されるままに放置する。優柔不断なだけでなく、腰抜けのところもあるのだ。

ファシストが落ち目になると、男は身の危険を感じる。クアドリは民衆の英雄だから、それを自分が殺したことが公になると、責任をとらされることが明らかだからだ。実際妻のジュリアはそのことを心配している。そこで男は、クアドリ暗殺の犯人を、他の人間になすりつけようとしたりする。要するに自分本位の卑劣な男なのだ。

そんな男を主人公にして、ファシストの卑劣さを描こうとしているかといえば、そうでもない。卑劣なのはこの男なのであって、ファシストはまた別の次元の問題なのだ。というわけで、わかりづらい映画である。

二時間近い時間をなにで満たすかと言えば、男女の性的やりとりである。男女の性的やりとりはそれ自体が興味をそそるので、それだけを写していてもけっこう観客を引き留めていられる。前作「革命前夜」をある種のピンク映画と評したが、これもまたその類といってよい。




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