壺齋散人の 映画探検
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シャンドライの恋:ベルナルド・ベルトルッチ



ベルナルド・ベルトルッチの1998年の映画「シャンドライの恋」は、アフリカ出身の女性とローマ在住の白人男性との恋を描いたものだ。アフリカのどこかはわからない。ただ、独裁者が不法な権力を振るっている国らしい。その国に住んでいる男が官憲によって連行される。取り残された若い妻は、イタリアのローマに行って、あるマンションの女中をしながら、大学で医学を学ぶようになる。アフリカの原野に暮らしていたものが、いきなりローマの大学で医学を学ぶというのが、ちょっと面食らうところだが、それは脇へ置いておこう。問題は、この男女が愛し合うプロセスだ。

男のほうは、音楽家らしいが、それによって生計を立てているわけだはないらしい。金が要るようになると、商売道具のピアノを売りに出すくらいだから、暮らしが楽ではないらしい。そんな分際で女中を雇うというのも解しがたいが、それも脇へ置いておこう。もっと大きな問題は、そんな白人男性が、なぜ女中の黒人女に愛を覚えるようになったかだ。よほど女に餓えていたのか。

女のほうは、その白人男性からいきなり愛を告白されてびっくりする。そして自分には夫がいて、いまは祖国で監禁されていると話す。それを聞いた白人男性は、女には内緒で、その夫の救済活動に乗り出す。そこの成り行きもまた解しがたいところがある。だがそれも脇へ置いておこう。問題は、夫持ちの黒人女性が、なぜその白人男性の愛を受け入れ、その結果として夫を捨てることになったかだ。その夫は、白人男性の努力が実って、監獄から釈放され、わざわざローマまで会いに来たのに、妻は夫とあわず、白人男性とのセックスに没頭する始末なのだ。

というわけでこの映画には、解しがたいところが多々ある。第一、男の名前が解しがたい。一応イタリア人ということになっているらしいが、キンスキーという姓はイタリア人らしくない。スラブ系かゲルマン系ならあるような姓だ。また、映画の中には、アフリカ人のコミュニティも出て来るが、イタリアにそんなコミュニティがあるとは知らなかった。かれらは自前の教会まで持っているのだ。その協会の神父という人が、白人男性の望みに応じて、黒人女性の夫の開放のためにひと肌脱いだようなのだ。

結局主人公の黒人女性が、白人男性を愛するようになったのは、自分のためにひたむきに尽くしてくれる姿を見たからだというふうに伝わって来る。一方、この映画はアフリカのどこかの国における独裁者の不法ぶりをモチーフに取り上げているのだが、それは映画にいろどりを添えるための、さしみのツマのような扱い方で、踏み込んだ展開の描写は見られない。だからどこにでもある恋愛映画といった印象しか与えない。




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