壺齋散人の 映画探検
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輝ける青春:イタリア現代史を背景にした大河ドラマ



2003年のイタリア映画「輝ける青春(La meglio gioventù )」は、イタリア人の家族の37年間の時の流れを描いた作品。日本でいう「大河ドラマ」だ。大河ドラマの特徴は、特定の事象に焦点をあてて、それを劇的に表現するのではなく、時間の流れを追うことで、その時代が帯びていた雰囲気をなんとなく分からせるところにある。この映画の場合、その雰囲気とは、イタリア人家族特有のあり方が醸し出すものだ。この映画を見れば、イタリア人の家族関係の特徴がわかる。それは濃密な触合いに支えられたものだ。そうした濃密な家族関係は、いまの日本では珍しくなってしまったので(あるいはほとんどなくなってしまったので)、非常に新鮮にうつる。

37年間の時の流れをカバーするというので、映画自体も長い。六時間を超える大作だ。こんなに長い映画を、一時に見るのは、人間にとってたやすいことではない。日本では、岩波ホールで上映されたというが、どんなふうに見せたのだろうか。DVDでは、前後二編にわけて販売されているので、普通は二日間にわけてみるだろう。小生もそのようにしてみたが、映画の性質上、まったく支障がないように思えた。

ローマに住む六人家族の37年簡にわたる時の流れがテーマだ。時間の起点は1966年、終点は2003年、2003年はこの映画が公開された年だから、そこから37年前に遡り、その間のイタリア社会を背景にしながら、この六人家族の、家族としての、そして個人としての生き方が淡々と描かれる。

家族のうち、中心的に描かれるのは、ニコラとマッテオの兄弟。この仲のよい兄弟は、ジョルジアという女性と関わり合いになる。医学部の学生であったニコラが、実習の精神病院で患者のジョルジアが虐待されてることを知り、外に連れ出し、マッテオとともに彼女の面倒を見るのだ。しかし、ジョルジアは家族の意向で、精神病院に連れ戻されてしまう。自分たちの無力を知ったかれら兄弟は、世界旅行をしようとするのだが、どういうわけか途中で袂を分かってしまい、以来別々の生き方をする。

兄のニコラは、世界旅行ができなかったかわりにノルウェーで休暇をすごし、それを思い出の種として、大学卒業後はトリノで精神科の医者になる。トリノでは、労働争議が過熱しており、いわゆる赤い旅団事件などが起きた。ニコラは運動にかかわっていたジュリアという女性と結婚し、サラという子どもを設ける。だがかれらは正式に結婚しているわけではなく、事実婚の関係である。そのあたりは、イタリア人の結婚観が現れている。

一方、弟のマッテオは、軍隊に志願して入り、軍人として1966年のフィレンツェの大洪水の救援にあたったりする。軍が大規模災害に出動するのは、日本の自衛隊と同じだ。そのフィレンツェで、マッテオはニコラと偶然あう。その後、警察官となったマッテオは、特有の正義感を振りかざして、組織から煙たがれる。あげく、左遷されたシチリアでは、地元の有力者と衝突したりする。そんな折、ミレッラという女性と知り合い、深く愛しあうようになるが、これもどういうわけか、自分から縁を切ってしまう。

この兄弟のほかに、二人の姉であり判事をしているジョヴァンナ、末の妹フランチェスカ、そして両親が出てくる。父親は比較的早く死に、子どもたちは母親を中心にしてまとまる。かれらの兄弟愛は深い。その兄弟愛は何気なく描かれるのだが、いかにもイタリア人らしい情愛がこもっている。イタリア人の兄弟愛や家族愛を情緒たっぷりに描いた映画としては、ルキノ・ヴスコンティの「若者のすべて」があるが、この映画はそれ以上に、イタリア人の家族愛を情緒豊かに描いているといえる。

劇的な展開としては、マッテオの自殺と、ニコラの妻ジュリアの服役だ。この二つは、一見無関係に見えるが、よく考えると、繋がっている。マッテオは警察官としてジュリアを追う立場にある。だから、職務と家族愛との間に引き裂かれたといえなくもない。そのマッテオは、シチリアで出会ったミレッラとの間に男の子をもうけていた。その男の子の存在を介して、ニコラとその母アドリアーナはミレッラと深く結びつくようになり、やがてニコラはミレッラを愛するようになる。

映画は、ミレッラの子アンドレアが、かつてニコラが果たせなかったノルウェーの北極圏を恋人とともに目指すところでおわる。

こんな具合に、色々な出来事が次々と起こるのだが、全体としては、ゆったりとした時間の流れが前景化するなかで、それらの出来事は時間の節目を彩るような役割に過ぎず、中心はあくまでも、時間そのものだと感じさせる。だから、大河ドラマというに相応しいのである。型破りに長い映画ではあるが、見て損はしない。かえって、心が波立つような感動を覚える。




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