壺齋散人の 映画探検
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奇跡の丘:パゾリーニの映画



ピエル・パオロ・パゾリーニの1964年の映画「奇跡の丘(Il Vangelo secondo Matteo)」は、イタリア語原題にあるとおり、新約聖書「マタイによる福音書」を映画化したものである。通称マタイ伝は、新約聖書の冒頭におかれ、キリストの生涯をもっとも詳細に語っている。その内容は、日本人にもよく知られているところなので、ここでは特に触れない。ともあれこの映画は、この福音書の語るところをほぼ忠実に再現している。

パゾリーニといえば、背徳的なイメージが強いが、そのかれが何故福音書にテーマを求めたのか、よくは分からない。ともかくこの映画は、マタイ伝の再現を通じてキリストの生き方をよく伝えている。カトリック教会から非常に高い評価を受けたのは、この映画のもつ宗教的な雰囲気のためだろう。

とはいえ、この映画から伝わってくるキリストのイメージは、我々日本人のような異教徒には非常に人間臭く感じられる。キリストは神の子を自称しているが、神の子というよりは、神がかった言葉を叫びたてる予言者のイメージだ。日本の歴史でこれに似た人物を探せば、日蓮がもっとも似ているだろう。日蓮もまた、この映画の中のキリストのように、常に大衆に向かって法華経の教えを説いていた。その日蓮と同じような情熱をこめてキリストが説くのは、旧訳聖書の教えである。

この映画の中のキリストはまた、弁舌さわやかに大衆の心をつかむという点で、現代の専制政治家ムッソリーニを想起させる。この映画の中のキリストの演説のスタイルは、ムッソリーニのそれを手本にしているフシがある。自分をキリストに似せたがるのは、ヨーロッパの政治家に共通する傾向らしく、ドイツのヒトラーの演説スタイルも、ムッソリーニを通じてキリストのまねびになっているのではないか。日本には、こういうタイプの政治家は、歴史上存在しなかった。天皇制があったためであろう。

邦題の「奇跡の丘」とは、ゴルゴタの丘のことだろう。フランス人のジュリアン・デュヴィヴィエは、「ゴルゴタの丘」と題する映画を作り、キリスト最後の日々を描いたのだったが、パゾリーニはマタイ伝の記述に忠実に、キリストが生まれるところから、死後復活するところまで、あまねくもらさず取り上げている。そのため、二時間を超える長い上映時間を要することになった。




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