壺齋散人の 映画探検
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ルキノ・ヴィスコンティ「白夜」:ドストエフスキーの小説を映画化



ルキノ・ヴィスコンティの1957年の映画「白夜(Le notti bianche)」は、ドストエフスキーの同名の短編小説を映画化したもの。この小説を小生は昔読んだことがあり、詳しい内容は忘れてしまったが、たしか女に惚れやすい男はバカを見るといった内容で、ある種の警告を込めたものだったというふうに覚えている。女に惚れやすい男は、要するにお人よし過ぎるのであるが、ドストエフスキーにはそうしたお人よしな面があったので、これはドストエフスキーの自戒のための作品だと受け取ったものだ。

映画はそうした原作の雰囲気をよく再現しえている。マルチェロ・マストロヤンに演じる若い男が、たまたま出会った若い女に一目惚れし、さんざん気を持たされた挙句に捨てられるといった筋書きだ。マストロヤンニはともかく、その女を演じたマリア・シェルの演技ぶりも特筆もので、頭のいかれかかった男に劣らず頭の中が飛んでいて、現実と空想とが渾然となった幸福な境遇を心憎いほどリアルに演じている。

原作の舞台はサンクト・ペテルブルグだが、これはイタリア映画なので、イタリアの町、おそらくヴェネツィアを舞台にしている。そのヴェネツィアの運河にかかる橋のうえで、マストロヤンニは偶然マリア・シェルと出会い、一目惚れをしてしまうのだ。

何度かデートを重ねるうち、マリア・シェルは自分について昔語りをする。自分の家に居候をしていたある男が好きになり、結婚したいと思うようになったが、その男は何かの事情で旅に出ることとなった。そして一年後には戻ってくるから、その時にまだ自分を愛してくれていたら、結婚しようと言い残す。

女はその言葉を信じて、毎晩橋の上に立って男の戻るのを待っていたところ、たまたまマルチェロ・マストリヤンニに見初められたのであった。二人はやがて、深く愛し合うようになる。マルチェロが愛に夢中になるのは男として当然のことだが、マリアの愛し方は一風変わっていた。彼女は、あの男と同じくらいにあなたが好きだと言うのだ。そう言われたマストロヤンニは釈然としないものを感じるが、マリアへの愛はそうした気持を超えるものであった。そんな具合に二人の愛は深まっていき、いよいよ結ばれるかと思われる段にいたって、意外なことが起きる。あの男が橋に上に立っているのだ。かれは約束どおり、彼女のもとに戻ってきたのである。彼女は歓喜してその男の胸に抱かれる。それを見せ付けられたマルチェロは呆然とするばかり。自尊心もなにもない。ただ呆然とするだけなのだ。

こういう具合に、恋に狂った男がいかに貧乏くじを引かされるか、そのあたりを心憎く演出しえている。その恋に狂った男を、マルチェロ・マストロヤンニが実によく演じている。かれは基本的には好色な男を演じるのがうまいのだが、こうしたとぼけた役柄も似合う。得がたい人材である。



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