壺齋散人の 映画探検
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今村昌平「エロ事師たちより人類学入門」:野口昭如の小説を映画化



小沢昭一は日本映画史上に独特の存在感を残した個性的な俳優だったが、その彼の始めての主演映画で、圧倒的な小沢的世界を見せてくれたのが1966年の映画「エロ事師たちより人類学入門」だ。小沢は川島雄三に見込まれ、端役ながら川島の映画に数多く出ていたが、川島の助監督を長く続け、川島を師匠と仰ぐ今村のこの作品で主役に抜擢された。

原作は野坂昭如の小説「エロ事師」だ。野坂は偏屈で変った男として知られていたが、これは野坂の出世作となった作品で、野坂らしい偏屈振りが遺憾なく盛り込まれた小説だとの評価が定着している。あの三島由紀夫も絶賛したということだが、三島が絶賛するくらいならつまらぬ小説かと言えば、そうも言い切れないようだ。

エロ事師というのは文字通り、男女のエロチックな交わりを商売の種にするもののことだ。売春防止法が施行されて以来あの筋のことが非合法化されたわけだが、需要が消滅したわけではなかったので、その需要に応えようとする闇ビジネスが生れた。この作品はその闇ビジネスを描いたものなのだ。

小沢昭一演じるエロ事師は、今で言うポルノビデオや猥褻写真を撮影して売りつけたり、売春婦の斡旋をして糊口をしのいでいる。当時のポルノビデオは、18ミリフィルムで撮影した一発商品で、コピーなどはないから、ビジネスチャンスを拡大する為には、数多くの撮影をしなければならない。そこで小沢たちエロ事師は、金でつったりだましたりして俳優をかき集めては猥褻行為をやらせ、それを撮影している。

これだけだったら、たんにポルノ業界に取材した風俗映画で終わったかもしれないが、今村はこれに小沢の異常な私生活を絡める。小沢は二人の子連れの女と同居しており、その女に異常な愛を感じる一方、自分の性欲が自然な高まりを見せて、まだ中学生である娘と情を交すようにもなる。ただ小沢は、単なるスケベ親爺ではなくて、いちおう分別を備えた人間として、自分の行為を客観的な目で反省する心の余裕ももっている。しかしその余裕も生身の女の体の前では形をなさなくなって、トロトロに解けてしまうのだ。

それは男女の関係が理屈では割り切れず、自分でも制御不能な根源的な力によって動かされているからだ、そういうメッセージが映画からは伝わってくる。男女関係は動物としての人間の根源を指し示すもので、いわば人類の基層を読み解く鍵となるものだ。映画はこの面にも大きく着目して、単にエロ事師を描いたのみではなく、人類の本質にも迫ってみた、と胸を張っているわけである。人類学入門という副題には、そうした今村なりの矜持が盛り込まれている。

娘に愛の手ほどきをしてやったために、俄然性の快楽に目覚めた娘が不良行為に走ったり、その仲間の不良たちから痛い目にあわされたり、金の亡者となった息子からはあらゆる財産をねらわれたり、また愛する女は念願だった自分の子を宿してくれたはいいが、病院で発狂した挙句に死んでしまったりと、小沢にはさんざんな事態があいつぐ。しかも警察の取り締まりは厳しく、猥褻物陳列容疑で逮捕・投獄されたりもする。精神的にも物質的にも追い詰められた小沢は、これ以上エロ事師を続ける自信がなくなる。

そんなところに、仕事仲間の一人から、ダッチワイフの製造の話を持ちかけられる。これからは生身の女を商売の種にすることはますます難しくなるだろう。だがダッチワイフなら単なる物、いわば機械のようなものだから、それを作ったり販売したりしても猥褻罪には問われないだろう。そう思った小沢は、自分の余生を快適なダッチワイフの制作に捧げるのだ。映画のラストシーンは、製造工場として使っている船の中で、ダッチワイフのまたぐらに娘からもらった陰毛を貼り付ける場面だ。船はロープが切れて漂い始め、東京湾へ向かって漂流してゆく。その漂流する船のなかで小沢は一心不乱にダッチワイフのまたぐらに人間の女の毛を貼りつづけるのである。

とにかく小沢の演技が迫力を感じさせる。小沢の相手の女を演じた坂本すみ子もすさまじい迫力だ。小さな、動物のような一重瞼の目をギラギラさせ、小沢と五分にわたりあう。発狂したときなどは、垂れ下がり気味の乳房をブラブラさせながら、動物園の折に閉じ込められた猛獣のように咆哮する。こうなると人類学というよりも生物学といったほうが相応しいと思われるほどだ。

どういう因縁か中村鴈次郎が出てきて、小沢に処女を斡旋してくれるように依頼する。依頼された小沢は子持ちの女をくどいて処女らしくふるまわせ、鴈次郎から多額の謝礼を受け取る。その鴈次郎は結構金を持っているように描かれているから、なにもエロ事師を介さずともいい女を抱くことができたのではないかと思われるのだが、そこは今村のこと、売春防止法の罪作りな効果を強調するために、こんな逸話をわざわざ盛り込んだのかもしれない。



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