壺齋散人の 映画探検
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にあんちゃん:今村昌平の映画



1959年の映画「にあんちゃん」は、今村昌平の出世作となったものだ。在日コリアンの少女の日記を映画化した。原作は、1957年に出版され、大ブームというべき現象を引き起こし、ラヂオやテレビがドラマ化して放送していた。そのブームに目をつけた日活が、当時かけだしだった今村昌平に、映画化をもちかけたといういきさつがある。今村は、原作の雰囲気に忠実に映画化した。おかげでこの映画は、当年の芸術祭において、文部大臣賞をとった。

普通なら、映画を作ったものとして喜ばしいはずだが、なぜか今村昌平は喜ばなかった。こんな健全すぎる映画は自分のガラに合わないというのだ。今村昌平といえば、腹の底に響くような笑いと猥雑さとが身上の映画作家だが、この映画には、それとは真逆の、涙と感動が満ち溢れているのである。

今村昌平自身は、ガラにもないものを作ったということで、不本意な映画かもしれないが、第三者の立場からは、なかなかすぐれた映画に見える。なにも照れなくともよいのだ。こんなにヒューマニズムを感じさせる映画は、そうざらにあるものではない。貧困のどん底にあえぎながらけなげに助け合って生きる兄弟たち、またそれをそばで支える人々。この映画の中には、一部強欲で意地悪な人間も出てくるが、ほとんどの人びとは善意の塊のような人たちであって、そういう人たちに囲まれているからこそ、孤児になった四人兄弟は、なんとか生きる道を開けそうな気がする。昨今のように、人心が荒廃した世の中では、この兄弟のような境遇にあるものは、首をくくるか、養護施設に引取られるか、そのどちらか以外に選択の余地はない。

舞台は九州の炭鉱地帯である。そこに在日コリアンの小さな社会があって、そのコリアンの一少女の眼から見た、炭鉱地帯の厳しい現実が語られる。当時の炭鉱は斜陽産業であって、合理化はおろか閉山する所が多かった。そういう状況の中で、炭鉱で働いていた親が死に、四人兄弟が孤児として残された。それを周囲の在日コリアンソサエティが支えようとする。また、その在日コリアンソサエティが属する炭鉱の日本人社会も、基本的には包摂的な雰囲気をもっている。すくなくとも、在日コリアンを排撃するようなことはしない。

だが、現実は厳しさを増してくる。かれらが依拠してきた炭鉱は閉山においやられ、四人兄弟の周囲の人々も、かれらを助ける余裕を失っていく。そうした中で、兄弟は離れ離れになりながらも、懸命に助け合おうとする。その懸命な子供たちの表情を映しながら、映画は終わるのである。

涙もろい人は、かららずや涙を流すであろう。涙もろくない人でも、心のどこかにうずきのようなものを感じると思う。それはやはり、観客にそうさせるだけの迫力がこの映画にはあるということだ。それは今村昌平という映画人の、現実への処し方に由来するのだと思う。かれは余計な感傷とは無縁な作家だが、現実を正確に見据えるリアリスティックな視線がある。その視線が、現実の厳しさをありのままに切り取らせるのであろう。

見どころは、末の妹が、学校の遠足の途次、町で働いている姉を訪ねるところ。姉は使いに出ていて会えなかったが、バスが出発する間際に会うことができる。その束の間の再会にかれらは同胞のつながりを確認するのだ。また、ホームレスになった下の弟妹が、暑さのあまりに裸になり、川で水遊びをする場面も見どころである。川で水遊びをしていると、世の中の垢はみな流してしまえるように感じられるのであろう。




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