壺齋散人の 映画探検
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大島渚「少年」:当たり屋の生きざま



大島渚の映画「少年」は、所謂当り屋をテーマにした作品である。当り屋というのは、故意に車にぶつかって事故と見せかけ、相手から多額の金品を脅し取るというもので、1960年代までは、よく聞く話だった。映画化されたこともある。しかし、この映画「少年」が描いているのは、大人が少年に体当たりさせ、その痛みをたねにして金を脅し取るという尾籠な世界である。これは実際にあった事件で、当時の報道も大々的に取り上げた。大島はその内容を詳しく知るに及んで、これが現代(大島が生きていた1960年代の日本)の世相の一面を如実に反映したものだと感じ、是非映画化したいと思って、取り組んだということである。

映画のもとになった事件というのは、次のようなものである。戦争で負傷したことを理由に働く意思を持たない男が、先妻との間の子供と、新しい妻およびその子ともども、四人で暮らしている。彼等は定住地を持たない。日本中を歩き回って、行く先々で当り屋の商売をする。妻あるいは少年に車へ体当たりさせ、動転した相手を脅して金を巻き上げるというのが彼らの仕事=商売である。その仕事を、少年も妻も嫌がっていて、早く足を洗い、まっとうな生活をしたいと思っている。しかし亭主のほうは、おれは戦争で負傷したおかげで働くことは出来ないのだと居直るばかりだ。そんな父親の姿が情けなくなった少年は、幾度か家出を試みるが、そのたびに孤独に耐えられなくなり、結局は戻ってきてしまうのだ。

そのうち妻が妊娠する。妻は是非生みたいというが、亭主は堕胎を強要する。妻は亭主の指示で産婦人科に赴き、そこで堕胎したと亭主を欺く。だが実際は無理やり生んでしまうつもりである。その目論見に少年も加わる。そこで、生まれてくる子供のために生活の基盤を確立したいと思う妻は、いまのうちに金を貯めておこうと思って、精力的に仕事に励むようになる。少年はその仕事に積極的に協力する。それを見た亭主は、すこしは自重したほうが良いなどと、いままでとは打って変わった言い方をするようになるが、それは妻たちへの思いやりからというよりは、あまりやりすぎて足がつきだし、警察の目が気になりだしたからだ。そこらじゅうで騒ぎを引き起こしたおかげで、顔も知られるようになってしまい、このままだと、警察に捕まる恐れが強くなった、と考えているわけである。

一家は、主に日本海沿いに、さまざまな街を歩き回った挙句、ついに冬の北海道にたどり着く。そこは広大な雪原地帯だ。少年は弟とともに雪遊びをしている最中、走ってきた車が自分たちを避けようとして樹木に激突し、車の中にいた女性たちが即死する光景を目撃する。それは全くの事故で、少年らには何らの過失もないのだが、少年はこの事故を受けて、自分の行為を反省する。こんなことをしていたら、この女性と同じような運命に、他の人をまきこんでしまうかもしれない、と思うようになるのだ。

結局、これまでの罪状があばかれて警察から指名手配された挙句、一家は大阪で逮捕される。その取調べの過程で、少年は当初父親をかばっていたが、そのうち自分らの罪を認める気持になる。それは、北海道で目撃した事故が、少年の心に深い傷をもたらしていたことの現われともいうべきものであった。少年は捜査に協力することで、自分の罪を懺悔したい気持になったのだ。

こんなわけでこの映画は、題名にあるとおり、少年の行為とその考え方に焦点を当てている。父親と母親は少年に付きまとう影のようなものでしかない。その影は、少年にとっては不吉なものだが、誰もが自分の影とは縁を切れないように、少年もその影と縁を切ることが出来ない。その影にまといつかれたまま進んでいかねばならないのだが、進んでいった先にどんな世界が待っているか、少年には見当もつかない。それが快適でないことだけは、どうも間違いがないようだ。要するにこの少年には救いがないのだ。

映画のもととなった事件そのものは実際にあったことで、そこで一人の少年が、親の言いつけとはいえ、体を張って生きていたわけだ。大島はその少年の行為から、彼の内面を推測してこの映画を作ったのだろうが、映画の中のその少年の行為と思いとに当時の日本が、すくなくともその一面が、正確に表現されていたかどうかは、なんとも言えないだろう。

この映画のキャストは、クレジット上は、父親役の渡辺文雄、継母役の小山明子、そして少年役の阿部哲夫の三人しか名前が出てこない。小山明子は、彼女としてはめずらしく、気合の入った演技ぶりを見せている。少年役の阿部哲夫は、この時小学校4年生だったというが、中学生の役を見事にこなしていた。といっても彼は学校にいっているわけではなく、両親と共に日本中を放浪しているのである。映画には放浪先として様々な街が出てくる。冒頭の城之崎温泉から始まって、高知、北九州、福井、秋田、稚内、大阪などだ。だからこの映画は、ロード・ムーヴィーとしての面もあわせもっている。



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