壺齋散人の 映画探検
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水の声を聞く:山本政志



山本政志の2014年の映画「水の声を聞く」は、在日コリアンのカルト宗教ビジネスを皮肉っぽく描いた作品である。この映画を見ると、在日コリアンがことさらに戯画化されているように思えるが、山本はもともと多国性にこだわる作家なので、在日コリアンをことさらに馬鹿にしているわけではなく、在日コリアンに人間一般を代表させて、その人間という馬鹿げた存在をあざ笑っているのかもしれない。

舞台は新宿の一角にある在日コリアン社会。そこでカルト宗教をビジネス展開する在日コリアンたちがいて、ミンジョンという若い女性が巫女をやっている。ただの巫女ではなく、信者から悩みを聞いたうえで、それを水に仲介するのだ。すると悩みは水に流されたように消えるというわけである。そんなことからこのカルト団体は、自らを「神の水」と称している。

ミンジョンはアルバイト感覚で巫女役を始めたのだったが、そのうち信者から深く信頼されるようになる。彼女の母親も祖母も済州島出身の巫女だったらしく、彼女にもその血が受け継がれているようなのである。彼女の祖母と母親が日本にやってきたわけは、戦後済州島でおきた住民大虐殺から逃れるためだった。それはともかく、自信を深めたミンジョンは、巫女の能力を高めるために、埼玉県にある在日コリアン社会を訪れ、そこで宗教的な儀式を見物したり、祖母を知っているという人から話を聞いたりする。

彼女が埼玉に行って不在中、別の女がミンジョンの代役をつとめるが、意外なことに信者は一人も脱落しない。どいうわけやら彼ら信者は、巫女の能力などはまったく関係なく、ただお祈りをしたいがためにやってくるようなのだった。代役は、ミンジョンが戻って来るとまたもとどおりになってしまい、そのことが悔しくてたまらない。できればもう一度巫女に戻りたい。そういう気持ちから、なんとかミンジョンを蹴落としたいと思うようになる。

彼女の思いを実現したのは、借金取り立てのやくざである。このやくざはミンジョンの父親をいたく憎んでいて、かならず探し出して殺すつもりである。その事情をたまたま知った代役は、そのやくざにミンジョン父娘を排除させる工作をする。その工作はまんまと成功し、ミンジョンの父親は、おそらく殺されることとなり、ミンジョン自身もやくざに強姦されるはめになる。強姦されたミンジョンは、なぜか済州島を訪れ、心を癒そうとする、というのが大方の筋書きである。

この簡単な筋書きからわかるように、この映画はカルト宗教がいんちきであるにかかわらず、社会的な成功をおさめていることを皮肉っている。インチキであっても信者が絶えないのは、信者が愚かだからだろう。そう思わせるようにできている。信者は大部分が在日コリアンだから、かれらを馬鹿にすることは在日コリアンを馬鹿にしているとも言えるのであるが、先ほども述べたように、山本の意図は、人間一般を皮肉るところにあったのかもしれない。




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