壺齋散人の 映画探検
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乳房よ永遠なれ:田中絹代の映画



田中絹代は、日本の女性映画監督の草分けである。1953年に「恋文」を作って以来、1962年までに六本の作品を作っている、評価は賛否半ばだったが、興行成績は不調だった。田中は晩年巨額の借金を抱えていたというが、おそらく映画作りのためだったと思う。興行の失敗は自分の責任なので何ともいえないが、自分の作品をけなす意見には、田中は反発したはずだ。とくに、戦前から付き合いの長かった溝口健二に、映画は女の作るものではないといって否定されたことは、田中にとって面白くなかったのだろう。溝口は田中に惚れたいたのだったが、その田中にけんもほろろに扱われたのは、彼女の映画監督としての仕事を素直に認めてやらなかったためだ。

田中の作品は、いまになって、欧米を中心に評価が高まってきた。カンヌやニューヨークで特集上映されたりもしている。特に評判の高いのは、1955年の映画「乳房よ永年なれ」だ。これは、月丘夢二を主演にして、乳がんの患者の絶望と希望を描いた作品だ。月丘演じる主婦は、自立心の強い女性で、自分をこけにする夫と潔く分かれる。そのうえで、自分なりの納得する生き方を模索する。その生き方には、和歌を詠んだり、男を恋したりといった多感なところがある。だが、乳がんのために乳房を失い、しかもがんが肺に転移して、余命いくばくもない状況に陥る。それでも和歌を通じて知り合いになった雑誌の若い編集者と命をかけた恋をする、というような内容である。

この映画にも賛否両論があった。否定的なものは、主人公の奔放な生き方が伝統的な女性のあり法から逸脱しているといい、肯定的なものは、女性の視点から女性の本心を見つめているといった。そういう意見はこの作品を、日本のフェミニズムの流れの上に位置づける。

月丘夢路は、戦前から活躍している女優で、絶世の美女というわけではないが、大きな目がチャームポイントで、なかなか肉感的な色気を感じさせる。この映画はそんな彼女の代表作となった。田中が彼女の一番いいところを引き出したのだと思う。また、和歌の師匠を演じた安部徹は、悪役のイメージが定着しているが、この映画の中では、善良な歌人を演じている。

画面には、戦後十年目の札幌の街の様子が映し出される。大通公園の鉄塔も見える。また北海道大学構内のポプラ並木も見える。ポプラの木はまだそれほど高くはない。地元の人が見たら、強い感慨を覚えるのではないか。


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