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道頓堀川:深作欣二



深作欣二の1982年の映画「道頓堀川」は、宮本輝の同名の小説の映画化。大阪道頓堀界隈に暮らす人々の人生模様というか、生きざまのようなものを描いたものだ。ドラマチックな筋書きはない。鰥寡孤独の身で、アルバイトをしながら美術学校に通う青年(真田真之)と、偶然かれと出会ったことでやがて恋に落ちてゆく女(松坂慶子)を中心にして、真田が住み込みアルバイトをしている喫茶店の主人(山崎務)とその出来損ないの倅で、真田とは高校の同窓生だったという青年(佐藤浩市)がからんで、それぞれの人生模様が紡ぎ出されてゆくというような演出になっている。

真田が道頓堀の一角でスケッチをしている時に、犬を散歩させていた松坂と出会う。松坂は道頓堀界隈で小料理屋をやっている。金持ちの老人の妾で、妾宅代わりに店を持たされているのだ。その店には、山崎も時たま通っているようで、松坂とは顔なじみの仲だ、その店へ真田も連れていってもらったことが切っ掛けで、二人は急速に近づいてゆく。

一方、真田の友人である佐藤は、ハスラーつまりプロのビリヤード師をめざしていて、玉突き場にたむろしては、賭けゲームをしている。かれが入り浸っている玉突き屋の女主人(加賀まり子)は、かつて山崎に助けられたこともあって、山崎との間で古い友情を復活させることとなる。その山崎は、倅の行く末を心配していて、なんとかハスラーになる夢をやめさせて、まともな人間になってもらいたいと考えている。こんな設定で物語は進んでゆくのである。

まず松坂と真田がくっつく。松坂の旦那はすでに七十四歳の老人で、彼女を性的に満足させられないらしく、彼女は欲求不満に陥っている。そんなところにまだ二十歳前の若々しい真田が現れたものだから、彼女は夢中になるのである。その挙句に真田とセックスするようになる。なにしろ三十前後の女盛りである。男日照りに近い状態のところに、ぴちぴちした若者が現れたわけだ。そこであんたのその生き生きした一物で、わたしをいかせてほしいとばかり、真田を抱くのだ。彼女はやがて、旦那と縁を切って、真田と二人で暮らしたいと思うようになる。

佐藤のほうは、父親の家から飛び出て、好き勝手なことをやっている。そのうち、ハスラーの全国大会があることを知って、自分もそれに参加して腕試しをしたいと思う。ところがそれには大金がいる。かれはその金を、真田をだしにして、松坂からだまし取るのだ。そのことを知った山崎は、その金を返すのだが、ここで一計を案じる。息子と玉突きの勝負をして、自分が勝ったら息子に玉突きをやめると約束させる、そのかわり息子が勝ったら、好きなようにさせてやるというのである。そんな山崎の思いに、加賀は協力するのだが、それは昔ホームレスとなって呻吟していた時に、山崎が助けてくれたからだ。

かくして山崎と佐藤父子が対決し、息子が勝つ。というか、山崎がわざと息子に勝たせてやる。というのも、息子の情熱に負けたのだ。一方、真田のほうは、佐藤のとばっちりをくって、一時は放浪の状態になったりするが、やがて松坂と結ばれて、二人でアパート暮らしを始めることとなる。

真田は、山崎父子の勝負に立ち会ったりもするのだが、松坂のもとへ向かう途中に、喫茶店の常連の一人のおかまが、痴話げんかから大太刀回りをやっている現場に立ちかかったところを、あやまっておかまに刺されてしまい、地上に伸びて、おそらく死んでしまうのである。完全なとばっちりで、真田はほとほと運の悪い男だと感じさせる。そんなことは知らない松坂は、真田が消えた隙に、いなくなった犬が戻って来て、その犬を抱きながら、真田の帰りを空しく待ち続けるといったところを映しだしつつ、映画は終るのである。

なんということもない映画だが、見終わったあとでジンと心に残るものがある。深作の淡々とした演出の効果だろうが、松坂の演技も人をして堪能せしむるものがある。





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