壺齋散人の 映画探検
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君よ憤怒の河を渡れ:佐藤純彌



中国は長らく外国映画の上映を禁止していたのであったが、改革開放政策が始まった1979年にその禁止を解いた。その時に最初に上映されたのが、高倉健主演の「君よ憤怒の河を渡れ」であった。中国語で「追補」と題されたこの映画は、大変な人気を呼び、実に八億人の中国人が見たという。主演の高倉健と中野良子は一躍人気スターとなり、高倉君は後に日中合作映画「単騎、千里を走る」で主演したほどだ。

この映画は、高倉健が東映をやめてフリーとなった最初の作品としても知られ、日本でも結構ヒットしたのだったが、中国でのヒットはそれをはるかに超える規模のものだった。なにしろ、数の上では、大人のほとんどが見た勘定になる。この作品の何が、中国人をかくも熱中させたのか。

何といっても、高倉健の男らしさの魅力と、中野良子の颯爽としたイメージが中国人のハートを捉えたためだと思われるが、そのほかにもいくつか心当たりが指摘できる。まづ、個人の権力との戦いだということだ。中国は、文化大革命が終わったばかりだったが、文化大革命では、まさに個人と権力との戦いが全国規模で展開されたわけで、数多くの個人が、その戦いのなかで消耗していった。そういう苦い記憶がまだ生々しく生きているところで、権力を相手に、小気味よく戦う高倉健の姿に、多くの中国人が、自分自身を投影したのではないか。

この映画は、一方で、高倉健演じる主人公が、犯罪組織に立ち向かう所も描くのだが、この映画の中の犯罪組織というのが、日本人離れしているところがあり、非常にドライなところが中国の犯罪組織に似ているらしい。そこに中国人は、文化的な親しさを感じたのではないか。その親しさが、犯罪組織の共通性に基いているというのが、多少の皮肉を感じさせるのだが。

またこの映画は、男同士の友情をテーマにしてもいる。原田芳雄演じる追う立場の刑事と、高倉健演じる追われる立場の検事は、強い友情で結ばれている。こういう関係は、日本映画ではめずらしいセッティングだが、中国映画では、なかなか人気のある組合せのようで、そこに中国人が親しさを感じたのだと受け取れる。

そんなわけで、この映画には、そうと意識してのことではないかと思うが、もともと中国人向けの要素がふんだんに盛られていたと言える。だいたい、この映画が日本で上映されたのは、三年前の1976年のことであり、その古い映画をわざわざ選んで上映したについては、中国側のエージェントに、この映画の中の中国人向けの要素への着目が働いたのだと思う。

前置きはともかくとして、この映画が日本人にとって持つ意義は、それまで東映やくざ映画のスターだった高倉健が、この映画をきっかけとして、日本映画を代表する俳優へと成長していったということにある。この映画を通じて日本人の観客は、高倉健の新しい魅力に接したわけである。この映画はまた、良質なサスペンス映画として、いま見ても飽きないものを感じさせる。

なお、原田芳雄は、独特の存在感も持ち味にした渋い俳優であるが、この映画の中でも、高倉健に劣らない存在感を発揮している。この両者がぶつかり合う所に、この映画の最大の魅力があるといって過言ではない。




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