壺齋散人の 映画探検
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忍ぶ川:熊井啓



熊井啓の1972年の映画「忍ぶ川」は、女優栗原小巻の出世作になった。栗原はこの映画のおかげで、吉永小百合と並ぶ人気女優となり、コマキストと呼ばれる熱狂的なファンを生み出した。それについては、小巻を美しく見せるべく、熊井の並々ならぬ意欲が働いていたようだ。その結果小巻の人気は上がったが、映画そのものは平板になってしまった。栗原を美しく見せるための細工だけが先に立ち、肝心の筋書きがあまりいただけないものになってしまったのである。

筋書きはいたって単純だ。東京の下町の料理屋で住み込みの仲居をしている若い女(栗原小巻)と大学に通っている学生が互いにひとめぼれをして、その愛をはぐくんだ果てに、めでたく結ばれるというものだ。その過程でドラマティックな出来事は一切起こらない。起こるのは、男女が互いに自分の過去を語り合うということだけだ。その、いわば告白の中で、女は自分が深川洲崎の遊廓街に生まれ育ったことや、家が貧乏なので、家族に仕送りしなければならない境遇などを語る。一方男の方は、東北の雪深いところに生まれ、家族には精神疾患の遺伝子が埋め込まれているらしいことなどを語る。しかしそんな事柄は愛し合う男女にとって障害にはならぬとばかり、二人は愛の道を一直線に進むのである。

そのかいあって、結ばれた二人は、男の実家で家族だけの結婚式を挙げ、いよいよ床入りとあいなる。二人はこの夜のために、それまでセックスを自重してきたようなのだ。その際の男の言動がなかなか面白い。雪深いところでは、真っ裸になって寝たほうが暖かいと言うのだ。その言葉に誘われて女は裸になる。そこのところが自然な感じを与える。こう言われれば女としても裸になりやすいものだ。いきなり脱げといわれて脱げるものでもない。

こんなわけでこの映画は、筋が平板なところを細かい細工で補っているところがある。細工の中にはあらずもがなのところもある。女が自分の生まれ育ったところを見てもらおうと洲崎の遊廓街に男を案内する場面などは、すさんだ女たちが出てきて、やや興ざめな感じを覚える。

この他、栗原小巻を美しく見せようとして、彼女にお嬢さん言葉をしゃべらせているが、洲崎の遊廓街(映画のなかではクルワと言っている)に生まれ育って料理屋の仲居をしている女にお嬢さん言葉は似合わないだろう。しかしまあ、栗原小巻がそれをしゃべると、一応さまになっているから面白い。




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