壺齋散人の 映画探検
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サンダカン八番娼館 望郷:熊井啓



熊井啓の1974年の映画「サンダカン八番娼館 望郷」は、南方への出稼ぎ売春婦、いわゆる「からゆきさん」をテーマにした映画である。ノンフィクション作家の山崎朋子が1972年に公表した「サンダカン八番娼館-底辺女性史序章」を下敷きにしている。この本は、明治から昭和の敗戦にいたるまでの長期間、日本の貧しい女性たちがボルネオを舞台として女衒をする連中に売り飛ばされ、そこで悲惨な境遇を送ったさまを描いた。それまであまり知られることのなかった海外売春婦の実態が、この本とそれを映画化したこの作品によって、広く知られるようになった。もっとも、これは日本の恥であるから、最近は話題にされることもない。しかし、近年は一部で売春を合法化しようとする動きもあるようだから、売買春を通じて搾取される女性たちを描いたこの映画は、売春問題を考えるきっかけとしてもっと注目されてよいと思う。

映画の中のからゆきさんは、九州の天草地方の出身だ。天草地方は多くのからゆきさんを出したというふうになっているから、非常に貧しかったのだろう。映画の主人公の娘サキも、貧しい家に育ち、事情があって女衒に売り飛ばされ、外国で売春をさせられる。彼女が売春をしたのは、ボルネオの北部にあるサンダカンという町の売春街だ。そこの八番館というところで客をとらされる。一晩で何人もの客を取らされ、休む暇もない。月のものがあっても休むことを許されないのだ。ある時には日本の水兵たちが大勢で押しかけてきて、一晩で三十人を相手にしたこともある。

そんななかでかりそめの恋をすることもあった。しかし異国で売春をしている女に人並みの幸福が得られるはずもなく、恋は無残に壊れてしまうのだ。そんな不幸な女の境遇を、一人の研究者が聞き取り調査をするという形で映画は進んでゆく。かつてボルネオのサンダカンで売春婦をしていたサキという女性に偶然出会った彼女は、サキの住んでいるあばら家に泊まり込んで、その悲惨な体験を聞き取るのだ。サキはいまや一人息子からも見放され、あばら家に一人で住んでいる。そのあばら家に一緒に寝泊まりし、サキの堅い口が少しづつ開いてゆくのを待っているうちに、心をゆるしたサキは、ポツポツと自分の体験を話し始める。その話をまとめて一冊の本にしたのが、この映画の原作なのである。したがってこの映画のなかで展開する事柄は、すべて事実だという触れ込みになっている。

この映画を見ると、たしかに売春婦の悲惨な状況は伝わってくるが、それは売春制度の問題と言うよりは、貧困の問題だと感じさせられる。人をみじめにするのは貧困なのだ、というメッセージがひしひしと伝わってくる。貧困が家族をバラバラにさせ、ふたりだけの兄妹をも離反させる。サキは、乏しい金を融通して天草の兄に送金し、そのおかげで兄は家を持つことができたのだが、数年ぶりで日本に帰ってきた妹を、兄は邪魔者扱いするばかりなのだ。そこで絶望したサキは、こんどは自分の意思で満州に渡る。日本には自分の居場所がないゆえに、満州に居場所を求めたのだ。つまり彼女は、一度売春婦の境遇に身を落としたために、この日本では人間として生きてゆく希望を失ってしまったのである。

映画のラストシーンは、栗原小巻演じる女性研究者が、ボルネオのジャングルのなかでかつてのからゆきさんたちの墓を見出すシーンだ。それらの墓はどれもみな日本の方角に背を向けていた。彼女らは死んだ後まで、自分たちを捨てた日本を恨み続けたのである。だから題名にある「望郷」という言葉は、多少アイロニカルな響きを感じさせる。

年老いたサキを田中絹代が演じ、若い頃のサキを高橋洋子が演じている。田中絹代の芸達者はいうまでもないが、高橋洋子の演技もなかなかよい。特に絶望して荒れ狂うときの表情がなんともいえず憐れさを感じさせる。

からゆきさんをテーマにした映画としては、1987年に今村昌平がつくった「女衒」がある。そちらのほうは、喜劇タッチにチョッピリ風刺を交え、やはりよくできた映画になっている。




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