壺齋散人の 映画探検
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熊井啓の映画「地の群れ」:井上光晴の小説を映画化



熊井啓の1970年の映画「地の群れ」は、井上光晴の同名の小説を映画化した作品。井上も脚本づくりに参加したというから、原作の雰囲気を活かしているのだと思う。井上光晴といえば、奇行が物議を呼び、奇人・変人の域を超えて、狂人として通っていた。この映画にもそうした井上の狂人ぶりがうかがわれる。

テーマは、原爆被災者差別、部落差別、朝鮮人差別といった、日本社会の差別体質をあぶりだすことにある。それらの差別を、登場人物のそれぞれに重ね、日本のいやらしい社会体質を批判しているわけである。

鈴木瑞穂演じる主人公格の医師は、若いころ朝鮮人の女に妊娠させ、その責任をとらずに相手の女を自殺に追い込んだ過去がある。その医師自身が、部落の出身者だった。しかも、長崎の原爆災害に巻き込まれ、被爆した可能性におびえている。そんな医師を夫に持った妻は、夫が子供の出産を望まないことに腹をたてている。夫は、生れてくる子どもに原爆の影響が及ぶのを恐れていいるのだ。

奈良岡朋子演じる女は、長女の病気が原爆症である可能性があるという医師の意見に反発し、自分は原爆を体験していないと言い張る。娘が原爆症だとわかると、自分も被爆を疑われ、差別されるというのだ。

紀比呂子演じる若い女は、ある男に強姦され、その医学的な証明をしてくれと医師に頼みに来るが、医師は事情も知らずに書くことはできないとつっぱねる。その女を強姦した男は、もしバラしたら、お前が部落民だとふれまわるぞと脅す。そこで女は、単身相手の家に押しかける。宇野重吉演じる相手の父親は、部落民のくせに我々に因縁をつけるのかと怒る。

そんな具合に、さまざまな差別の事象が、重層的に展開するというような作り方になっている。

医師は共産党員で、山村工作隊に従事したこともあるということになっている。赤旗の歌を合唱する場面も出てくる。この映画は全体に左翼意識を丸出しにしたもので、出演者も、劇団民芸とか前進座の一座が大勢出てくる。1970年といえば、日本の左翼運動が最後の盛り上がりを見せていた時期だ。そうした時代感覚を反映しているのだと思うが、いま見ると、かなりなずれを感じさせられる。



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