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篠田正浩の映画:作品の解説と批評


篠田正浩は、大島渚と並んで松竹ヌーベルバーグの旗手と言われ、60年代から70年代にかけて活躍した。大島が前衛的な作風から社会的な目を感じさせるものまで、絶えず問題提起型の作品を作り続けたのに対して、篠田には、娯楽を重視する側面が強かった。そのかれの初期の代表作は、近松の浄瑠璃に題材をとった「心中天網島」。これは古典に取材しながら、演出としては前衛的なところを感じさせるものだった。岩下志麻演じる小春と、中村吉右衛門演じる治兵衛が手に手をとって橋巡りをする段は、人間の根元的な情念を、現代の観客にもストレートに伝えるところがあって、映画としての完成度が高い作品だ。

その翌々年の1971年の作品「沈黙」は、遠藤周作の有名な小説を映画化したもの。世界的にも高く評価された。もっともこの映画は、カトリック宣教師のいわゆるころびをテーマにしており、その宣教師が神を呪う場面が、カトリック教会をいたく刺激した。遠藤がノーベル賞をもらいそこなったのは、この映画のためだという者もいる。原作よりショッキングなこの映画のほうが、有名になってしまったこともある。なお、この映画は後に、マーティン・スコセッシによってリメイクされている。

1975年の作品「桜の森の満開の下」は、坂口安吾の小説を映画化したもの。原作の幻想的な雰囲気をよくイメージ化している。1977年の作品「はなれ瞽女おりん」は、水上勉の小説を映画化したもので、北陸地方に存在した瞽女集団の生態を描いたもの。水上作品らしいペーソスに溢れた映画だ。この二つの作品はいづれも、岩下志麻の演技が光っている。とくに「桜の森の満開の下」における演技は、岩下の悪女的な雰囲気をたっぷりと満喫させてくれる。岩下はもともと清純派女優としてスタートしたのだったが、夫の篠田にしごかれているうちに、次第に地が現れてきたということか。

1984年の「瀬戸内少年野球団」は、瀬戸内の豊かな自然を背景にして、女教師と子どもたちが野球を通じて触れ合うところを描く。この映画には若死にした夏目雅子が教師役で出て来て、清楚な印象を醸し出している。彼女を見るだけでも、得をした気分になれる映画だ。

1986年の「鑓の権左」も近松の浄瑠璃に取材した作品。誤解から姦通の嫌疑を受けた男女の逃避行と、その果てに待っていた女仇討がテーマである。はじめはただ逃げるばかりだった二人が、次第に相手を認めていく過程が、心憎く描かれている。日本型恋愛劇の一つの典型を見せてくれる。

1990年の「少年時代」は、井上陽水の主題歌のほうが有名になったが、映画の方も見どころがある。漫画家藤子不二夫Fの漫画をもとに作られた作品で、戦時中の学童疎開がテーマだ。

1995年の「写楽」は、謎の浮世絵師写楽をモチーフにしたものだが、写楽本人の実像がはっきりしていないこともあって、篠田自身がが勝手に創作したところが多い。しかし、彼なりにしゃれた物語に仕立ててあり、それなりに面白い。「沈黙」と並んで、篠田正浩の傑作といってよい。

篠田正浩の作品の多くに、岩下志麻が出て来るが、この二人は夫婦になった間柄だ。妻を自分の映画に出させる点では、篠田正浩は伊丹十三と並んで、双璧といってよい。1964年の「暗殺」以来、篠田の映画の大部分に出演している。

ここではそんな篠田正浩の代表的な作品を取りあげて、鑑賞しながら適宜解説・批評を加えたい。


篠田正浩「心中天網島」:近松門左衛門の浄瑠璃を映画化

篠田正浩「沈黙」:遠藤周作の小説を映画化

篠田正浩「桜の森の満開の下」:坂口安吾の小説を映画化

篠田正浩「はなれ瞽女おりん:水上勉の小説を映画化

篠田正浩「瀬戸内少年野球団」:敗戦直後の淡路島

篠田正浩「少年時代」:疎開児童の体験

篠田正浩「写楽」:フランキー堺の映画道楽



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