壺齋散人の 映画探検
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大林亘彦「廃市」:福永武彦の小説を映画化


大林亘彦の1983年の映画「廃市」は、福永武彦の同名の短編小説を映画化したもの。タイトルの「廃市」とは、ゴーストタウンといった意味の言葉だが、通常の日本語ではなく、福永の創作だろう。小生は原作を読んだわけではないが、映画のアナウンスでは、火事で街のほとんどが焼失し、ゴーストタウンになる危機に直面した都市ということになっている。その都市のモデルとなっているのは、北原白秋の故郷として知られる水郷の町柳川である。一応架空の都市だとことわっているが、水路などの風景は実際の柳川の眺めだし、また祭の際に着られた半纏にも柳川の文字が書かれていることから、ここが柳川であることは隠しようがない。

どうということもない筋書きの映画である。二人の姉妹が一人の男をめぐってさや当てをする一方、男は彼女らの愛がうるさく思われて、他の女と同棲した挙句に、その女とともに心中してしまう。その出来事の一部始終を、東京からやってきた大学生が目撃するというような内容である。

見どころは柳川の水路が醸しだす抒情的な雰囲気の景色と、主役の女性を演じた小林聡美だろう。小林聡美は、前年「転校生」で、中途半端な子供を演じていたが、この映画では一皮むけて、大人の女を演じている。表情が全く違う。一年でこんなに劇的な表情の変化を見せてくれるのは実に面白い。この映画を見る者は、あたかも親戚の娘が、ちょっと見ない間にすっかり大人になっていることに感嘆するような気持を感じるだろう。「転校生」では十七歳だった小林は、この映画の時点では十八歳になっていたのだが、たしかに十八ともなれば、女らしさが強まるだろうと思う。

「転校生」で小林と組んだ尾身としのりは、ここでは主人公の家の居候として出てくる。一応学校に通っているということになっており、暇な折に、主人公たちのために船をこいで、柳川の町を水上から案内する役割を果たしている。

ひとつ気になったのは、小林のセリフ回しに妙な発音が多発することだ。どこかの方言かと思ったら、小林自身は東京下町の育ちというから、小林のしゃべり方の癖ではないようだ。だとすれば大林がそのようにしゃべらせているということになるが、どんなつもりでそんなことをしたのか。どうせなら、柳川の地元の九州弁のアクセントでしゃべらせたほうが自然だったのではないか。


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