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千本福子「赤い鯨と白い蛇」:老若五人の女たちの奇妙な共同生活



千本福子はテレビ作家として活躍したそうだ。その彼女が唯一劇場用に作った映画「赤い鯨と白い蛇」は、80歳近くで完成させた作品だ。五人の老若の女性を登場させて、それぞれの生きてきた過去や、またこれから生きていくであろう未来について、淡々とした口調で紹介するといったやり方で、テレビドラマの手法を生かしているように見える。

老女(香川京子)とその孫(宮地真緒)が、千葉県の千倉を目指す。そこに住む息子の家に養女が老後の世話になりに行くのだ。その途中、老女は館山にある一軒家を訪ねたいと言い出す。かけがいのない思い出があるらしいのだ。その家は、今にも崩れそうな古屋敷だった。また、中はガランドウとしてなにもない。家に立ち入ったところを、家主らしい女性(浅田美代子)に見咎められる。事情を話すと歓待される。家主には小学生の子ども(坂野真理)がいる。その子どもも含めて、四人はすぐに親しくなる。そこへ別の女(樹木希林)が加わる。

こうして老若五人の女たちの奇妙な共同生活が始まる。その共同生活を描いていく合間に、五人それぞれの過去やその未来が示されるというわけで、よくあるパターンのヒューマンドラマと言ってよいが、彼女らそれぞれの人生に陰影が深く感じられるので、見ていて独特な感じを味わえるのだ。

香川京子が映画の中心で、彼女はどうも昔の恋人との約束を果たしにここへ来たということが次第にわかる。その恋人は軍人で、敗戦の二日前に死んだのだった。それも戦死ではなく、部下の脱走を見逃した罪でだった。日本の敗戦を強く信じていた彼は、部下に無駄死にさせたくなかったのだ。タイトルのある「赤い鯨」とは、かれが乗り込んでいた潜水艦のあだ名である。

孫の宮地は、妊娠している。でも出産はしたくない。まだ若いのだし、自分の可能性を追求したいというのだ。しかし恋人から、堕胎をせまられて気持ちが動く。自分の決断で堕胎するのは納得できるが、恋人に言われて堕胎するのは悔しいというのだ。

浅田美代子は、家出した夫に未練がある。一方生活のために、別の男との再婚を考えている。そんな母親を、小学生の娘はいぶかしく思っている。彼女は家出した父親を愛しており、できれば両親が復縁することを願っているのだ。

樹木希林は、いかがわしいサプリメントを売り歩く行商で、やはり複雑な家族関係にあるらしい。

そんな五人が、一つ屋根の下に共同生活を営みながら、それぞれの生き方を見つめなおすというわけである。彼女らを結び付けているのは、この屋敷に住むという白い蛇だ。その蛇をめぐって彼女らは互いの気持を確かめ合うのである。古い家に住む蛇と言えば、青大将が思い浮かぶ。じっさい小生が子どもの頃に住んでいた藁葺きの古い家にも、青大将が住んでいて、われわれはそれを家主と呼んでいたものだ。この映画に出てくる蛇は白いのだが、形は青大将と同じなので、おそらく青大将が突然変異で脱色したのであろう。

香川京子の演技がよい。香川はこの時74歳になっていた。画面で見ると年齢以上に老けて見えるのだが、雰囲気に何ともえいない風情がある。なお、舞台になった場所は、野島岬灯台が見えるところから、そのあたりだと思われる。野島岬と大島を結ぶラインは、内湾と外海との境界である。むかし東京で集めた屎尿は、うんこ船と呼ばれる船に積み込まれて、このラインの外側で海洋に放出された。屎尿は黒潮に乗って北上し、その一部は九十九里の浜に漂着したものだ。



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