壺齋散人の 映画探検
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こどもしょくどう:日向寺太郎の映画



日向寺太郎の2019年の映画「こどもしょくどう」は、児童の貧困をテーマにした作品である。近年、格差社会といわれ、貧困が拡大している風潮のなかで、児童の貧困とか、それにともなう虐待が深刻な社会問題として浮かび上がってきた。この映画は、親から遺棄され、あるいは遺棄同然の扱いを受けて、食べることにも窮するような児童たちの悲惨な境遇を淡々と描いている。上から目線でかわいそうな子供を憐れむというのではなく、児童がそれなりの自覚をもって生きようとするさまを、ドライなタッチで描いている。

二組の貧困児童が出てくる。そのうちの一人たかしは、親から遺棄同然の扱いを受け、それがもとで学校での苛めを受けている。その野球仲間ゆうとは、家が中華食堂をやっていて、その食堂のメニューをたかしと一緒に食べている。かれの両親はお人よしで、子ども一人分の食事が増えることを意に介しないのだ。

もう一組は、ゆうとらと同年代の少女みちるとその小さな妹ひかる。少女たちは父親とともに軽自動車のなかで寝起きしている。ホームレスなのだ。父親は娘に食事を与える能力がない。そこでひかるが切羽詰まって万引きをするところを、ゆうとが偶然目撃する。ひかるは万引き現場を店のものに押さえられるが、なんとか目こぼしをしてもらう。そんなひかるたちのことを、ゆうとは気にかける。

そのうち、ひかるたちが飢えていることを知ったゆうとは、家から食べ物を持ちだして、彼女らに差し入れる。自分からではなく、たかしを通じてだ。いじめられているたかしには、どこか人を油断させるところがあるのだ。ゆうとは、ひかるたちを自分の家に連れてきて、彼女らの食事の分も親に作ってもらう。また、家に寝させたりする。ゆうとの両親は善意にあふれていて、困った子供がいると、手を差し伸べずにはいられないのだ。

ひかるたちの車がワルガキたちに破壊され、父親は姿をくらましてしまう。それでもひかるたちは両親と会いたい気持ちがいっぱいである。そこで同情したゆうとが、店から売上金を盗んで旅費をこしらえ、皆で南伊豆まで親探しの旅に出る。しかし、当然のことながら親を見つけることはできない。

破壊された車のところに戻ってくると、警察官が待ち構えていて、保護される。その後姉妹は警察から児童相談所に引き継がれる。児相の職員に付き添われて去っていくひかるたちの車を、ゆうとが全力で追いかける。その様子を映しながら映画は終わるのである。

見どころはいくつもある。まずたかしをめぐるいじめの光景。こどもたちの社会では、弱いものがいじめの対象となる。いじめる立場の子は、親達大人社会の振舞いを見て、弱いものはいじめて構わないと思うようになるのだろう。いじめなければ損だとばかり、かさにかかっていじめにかかる。また、姉妹の身の寄せどころである軽自動車は、近所のワルガキたちの攻撃的衝動の対象となる。このワルガキたちは、悪さをしても罰せられないと安心すると、とことん破壊の限りを尽くすのだ。そんなワルガキたちの蛮行を、ゆうとらは止めることもできないし、また良識のある大人に相談することもできない。ゆうとらがまだ幼いこともあるが、日本社会にはそうした相談のネットワークが欠けていると思わせられる。

一方、ゆうとの両親は善意のかたまりのような暖かい人々である。無論、親から捨てられた子供たちの親代わりになることはできないが、自分らのできる範囲で、困っている子どもを助けたいという気持ちがある。じっさい彼らは、姉妹が去ったのちに、近所の小学生以下の欠食児童を対象に、無料の食事を提供するようになる。その食堂を「こどもしょくどう」というのである。本当に善人の行いというべきだが、映画の舞台となった深川なら、こんな善人がいてもおかしくはない。そんな善人の夫婦を、寅さんシリーズでおなじみの吉岡秀隆と、常盤貴子が演じている。

親から捨てられた子どもたちの境遇を描いたものとして、是枝裕和の「誰も知らない」があるが、是枝の映画に比べれば、この映画にはまだ救いのようなものがある。姉妹はどうやら児童相談所によって身の振り方を考えてもらえそうである。是枝の映画の中の四人兄弟は、貧困のあまり一番下の子が死んでしまうのだし、また、将来の展望が全くないままに映画が終わってしまう。観客は彼らを待ってる運命がどのようなものか見当もつかないままに、心が騒ぐのを覚えながら映画を見終わったものである。それに比べればこの映画には、一条の光を感じ取ることができる。じっさいラストシーンでは、俄かに空中に出現したピンク色の虹を姉妹が見上げる表情が映しだされる。ピンク色の虹は、彼女らと両親を結びつける絆のようなものなのである。


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