壺齋散人の 映画探検
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今井正の世界:映画の鑑賞と批評


今井正は戦後民主義の落し子のような映画作家だ。映画を通じて、古い因習を批判し、自立した人間の生き方を描いた。また、権力の不当な行使を指弾する作品を作った。そんなこともあって非常にメッセージ性の強い作家である。しかし画面からは、そうしたメッセージ性は適度に希釈されて、映画としてそんなに不自然ではない。やはり映画の作り方がうまかったのだと思う。


今井正の監督デビュー作は1939年公開の映画「沼津兵学校」で、以後同じく軍隊生活を描いた「われらが教官」や日本の植民地支配を正当化した「望楼の決死隊」などを作るが、これらはマルクス主義者である今井にとって不本意なものだったと思われる。その今井が自分の意に沿う映画を作るようになるのは戦後のことで、早速財閥の腐敗を描いた「民衆の敵」を作った。民衆の敵というタイトルはアメリカ映画にもあって、ギャングを民衆の敵といっていたものだが、今井は財閥を民衆の敵といって、その解体を正当化したわけである。

今井正の映画監督としての名声を不動のものにしたのは、1949年の作品「青い山脈」である。これは戦後の民主主義の空気を反映した青春映画だったが、その開放的な雰囲気が日本人の感性に訴えかけ、爽快な主題歌ともども圧倒的な歓迎を受けた。続いて翌年に作った「また会う日まで」は、日本の恋愛映画の傑作として、映画史に残る作品である。この作品の中で今井は、男女の自由な恋愛を高らかに描き上げたのだったが、それが無残な結果に終わることを示すことで、男女の恋愛を踏みにじった戦争を厳しく批判したものとなった。

今井正のそうした批判意識はその後の作品にも貫かれ、失業者たちがたくましく生きる姿を描いた「どっこい生きてる」、子どもたちへの民主主義教育の在り方を問うた「やまびこ学校」、沖縄戦の悲劇を描いた「ひめゆりの塔」などを作っていった。1956年の作品「真昼の暗黒」は、今井の批判意識がもっとも鮮明に現われたもので、日本の刑事司法の問題点をするどく糾弾している。そうした今井の批判意識は、「武士道残酷物語」のような、時代劇の作品にもあらわれているほどだ。

そんなわけで今井正は、日本の映画監督のなかではもっとも思想性を感じさせる人だ。その思想性が鼻についたわけでもなかろうが、今日今井に対する評価は、戦後の一時期に比べるとかなり低くなった。やはり、映画に思想性をもちこむのは、リスクがあるということだろう。ここではそんな今井正の代表的な作品をとりあげて鑑賞し、適宜批評を加えたい。




青い山脈:今井正

また逢う日まで:今井正
どっこい生きてる:今井正
山びこ学校:今井正
真昼の暗黒:今井正
米:今井正
武士道残酷物語:今井正



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