壺齋散人の 映画探検
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ひめゆりの塔:今井正の映画




今井正の1953年公開の映画「ひめゆりの塔」は、有名な女子学徒隊の悲劇をテーマにした作品。沖縄出身の作家石野径一郎の小説を中心にして、さまざまな資料を駆使して悲劇的な出来事の模様を再現したという。当の学徒隊は全滅して誰も生き残っておらず、彼女ら本人から直接話を聞くわけにはいかなかったので、学徒たちと何らかのかわりをもった人びとに取材したのだろうと思う。

この学徒隊は、終戦間際の沖縄における女子師範学校と高等女学校の生徒から構成されていたというから、いまでいえば、中学生乃至高校生の年頃である。その半分子供といってよい少女たちが、国策のために戦争に動員され、幼い命を奪われた。その衝撃は、この映画が公開された1953年のはじめころにはまだ生々しい迫力をもっていて、この映画を見た人々は、他人事ではなく、自分の身に降りかかったことであるかのように受けとめたに違いない。じっさいこの映画は大ヒットとなり、倒産しかけていた東映に立直しりきっかけをもたらしたという。

映画は、沖縄戦が始まった1945年3月24日から沖縄戦が終了したとされる6月23日までの、学徒隊の様子を描く。このわずか三か月ほどの間に、日本軍は全滅し、戦いに巻き込まれた大勢の沖縄人が死んだ。その数あわせて十五万人という。それほどの犠牲を出したのは、基本的には日本軍の無能のためである。無能な日本軍は、自分たちだけでなく、一般人まで巻き込んで、尊い命を無駄に失わせた、というふうにこの映画からは伝わってくるのである。

地上戦の凄惨な様子は描かれていない。飛行機による絨毯爆撃で、学徒隊の少女らを含めて大勢の人々が殺される様子が描かれるのであるが、それは襲う側の人の顔が見えないことで、あまり現実感を感じさせない。人びとはオートマチックに始末されていくのである。

それに対して、日本軍の現地司令官たちは、少女たちに顔を見せているだけ、現実感が強い。中には人間性を感じさせる兵士もいるが、自分たちが助かりたいために、民間人を豪から追い出すように非道な兵士もいる。それについて、映画は強い批判を加えてはいない。戦争が人間性を破壊するのだと言いたいかのように描いている。

一応香川京子演じる女子生徒とか津島恵子演じる指導教員とかが主役的な役柄を果たしているが、実際の主役は集団としての学徒隊であって、個人の運命が前景化しているわけではない。

なお小生は、那覇南部糸満にあるひめゆりの塔を訪れたことがあったが(2003年頃)、その折のガイドの説明は、ひめゆり舞台を襲った苛酷な出来事ではなく、ここをおとずれた当時の皇太子(現上皇)が、過激派の青年によって襲われたということばかり触れられていた。その過激派は、周到に事前準備したうえで、皇太子に向かって武器を投擲したそうである。そのガイドは、ひめゆりの運命より、皇太子を襲わせた日本の治安機関の無能差をあざ笑っていたようであった。


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