壺齋散人の 映画探検
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夜の鼓:今井正の映画



今井正の1958年の映画「夜の鼓」は、近松門左衛門の浄瑠璃「堀川波鼓」を映画化した作品。多少脚色されているが、だいだいにおいて原作の雰囲気を再現している。この浄瑠璃は妻敵討ちがテーマであり、その原因となった妻の不義が全体の眼目なのだが、それを近松自身は曖昧に描いていた。この妻は、鼓の師匠と不義を働くのだが、それが基本的に自分の意思に基くのか、あるいは突発的に手籠めにされてしまったのか、明確には描かれていない。どちらとも受け取れるのである。それをこの映画は、妻の意志に基づくものだったとした。妻は、自分から鼓師を誘惑したのであり、その理由は、長期にわたるやもめ暮らしで、性的欲求不満に陥っていたというふうに描かれているのである。

三国連太郎演じる武士彦九郎が、参勤交代から国元に還ってくると、妻(有馬稲子)をめぐる変な噂が流れている。そこで当の妻をはじめさまざまな人間に聞き取りし、真相を解明しようとする。その解明の様子が映画の一つの見どころだ。一応ミステリー映画の手法を導入して、それなりにサスペンスを感じさせる。同時に、武士たちの面目についても触れられる。妻が不義を働けば、妻とその相手とをもろともに成敗せねば、武士としての面目が立たないのである。

追求の結果、妻は自分の不義を告白する。そんな妻を前にして、彦九郎には妻を成敗するほか選択の余地はない。かれは逡巡する妻を刀で切り殺し、武士としての面目を施すのだ。このあたりは、人間としての感情ではなく、武士としての面目に基いて行動する封建的な生き方への批判がうかがわれる。

妻を成敗したあとは、相手の男を成敗する番だ。相手は京の堀川あたりに住んでいる。居場所をつきとめた彦九郎は、二人の子供と実の妹を伴って成敗に赴く。鼓師を追い詰めた一行は、まず彦九郎が一刀をあびせたあとに、妹や子供たちがとどめをさす。集まってきた見物人たちに、妹が誇らかに呼びかける。これは名誉の敵討ちだから、堂々と申し開きする、と。

原作では、彦九郎の同僚床右衛門が、事件のきっかけをつくったということになっているのだが、その床右衛門は、妻にちょっかいをだした上に、妻の不義を言いふらしたということになっている。じつに卑劣な役柄であるが、そこは映画ならではの脚色に見える。

有馬稲子の演技がなかなかよい。普段はいかにも女らしくしとやかに振る舞っているが、いざ男と二人になると、欲望をあらわにした表情をみせる。その表情が、有馬稲子という女優のイメージをかなり拡大したのではないか。この女優は、もともと人間的な欲情とは無縁のような顔つきをしていたものである。

近松門左衛門「堀川波鼓」 


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