壺齋散人の 映画探検
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火垂るの墓:高畑勲



スタジオ・ジブリによる1988年のアニメ映画「火垂るの墓」は、野坂昭如の同名の短編小説をもとにした作品。直木賞を受賞したこの短編小説は、野坂自身の体験を書いたものだと言われた。実際野坂は、疎開先で幼い妹を栄養失調で死なせている。その痛恨の思いを書いたということだが、一部にフィクションも交じっているとされる。その原作を小生は未読だが、アニメは原作をほぼ忠実に再現したということらしい。

親に死に別れて孤児になった子どもたちが、悲惨な境遇に落ちたあげく、なかには死んだ者もいたというようなことは、戦後の日本人たちには身近なことだった。野坂はそれを自分の体験に引きよせて書いた。かれがそれを書いたのは、戦後二十年以上たった1967年のことだが、それでも人々に深い感銘を引き起こした。戦争の悲惨な記憶が消えずにいたからであろう。

野坂自身は戦後の混乱を生き残り、作家として活躍したわけだが、アニメ映画のなかの兄妹は、二人とも栄養失調で死ぬということになっている。妹の死は、この映画最大のテーマとばかり正面から描かれる一方、兄の死は暗示されるだけである。それも冒頭のシーンで。その冒頭のシーンで現われる小道具をきっかけとして、過去を遡る形で、兄妹の短い生涯が回想されるのである。

兄は14歳、妹は4歳という設定である。実際には野坂が14歳の時、死んだ妹は1歳半の幼児だった。だがそれでは兄妹の心の交流がうまく表現できないので、小説では妹を4歳にしたのだろう。4歳の子なら、ある程度人の心がわかり、また世の中のことにも敏感になる年頃だ。その敏感さには、あどけなさが付きまとっている。そこが見る者をして、複雑な気持ちにさせるところである。

戦災孤児をテーマとしていることでは、「禁じられた遊び」を思い起こさせる。「禁じられた遊び」では孤児になった4歳ほどの少女が、すこし年上の少年と短い日々を共にする。この作品の場合には、14歳の兄と4歳の妹が孤児になる。「禁じられた遊び」の少女と少年とは、最後には引き裂かれてしまうが、死ぬことはなかった。ところがこの作品の場合には、少女が死ぬばかりか、兄もまた死ぬ。14歳といえば、それなりの分別も身に付き、生きるために色々なことができるはずの年頃だが、この映画の中の少年は、飢えに迫られて畑の作物を盗み、ひどい目にあうくらいのことしかできない。そこがなんとも幼さを感じさせる。

少年のそうした行動に見られるように、この作品に出て来る兄妹は、あまりにも幼い。だから彼らが栄養失調で死ぬのは、ある意味避けられない。そこが見ている者に、なんとも言えないやるせなさを感じさせる。そういう意味では、非常にウェットな作品である。




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