壺齋散人の 映画探検
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十九歳の地図:柳町光男



柳町光男の1979年の映画「十九歳の地図」は、中上健次の同名の短編小説を映画化したものである。小生は原作を未読だが、中上の代表作は何篇か読んでおり、その印象からすれば、この映画は中上的な雰囲気をよくあらわしていると思える。中上の小説の特徴は、日本社会の矛盾を一身に背負ったような男が、自分の宿命をクールに受けとめるといったものだ。そういう中上的な特徴が、この映画にはよく出ているのである。

主人公は地方から東京へ出て来て、新聞配達をしながら予備校に通い、大学入試を目指している青年(本間優二)。かれは新聞配達店に寝泊まりしながら、早朝から新聞を配達している。配達の途中に、路上の店先からパンを盗んだり牛乳を盗んだりして、空腹をいやしたりしている。不良配達員である。その上、飼い犬から吠えられて蹴飛ばしたり、情緒不安定な所がある。映画は、その情緒不安定な青年の日常の生きざまを淡々と追ってゆく。

青年が住んでいる新聞配達店は、北区の王子本町あたりと設定されている。都電荒川線がたびたび出て来るが、荒川線はややはずれたところを走っているはずだ。青年のほかにほぼ同年代の青年数名と三十男が配達員として住み込んでいる。青年は新聞配達のかたわら予備校に通うことになっているのだが、予備校にはほとんど通わず、受験勉強らしいことをしている様子もない。かれは、自分の配達区域の地図を作成して、そこに配達先についての情報とか、自分なりの評価を書きこんでいるのである。評価の悪い配達先には、嫌がらせの電話をかけ、場合によっては殺害するぞと脅迫したりもする。かなり悪質な青年なのである。中上は、人間のそういう悪質さを、悪質さとはとらえずに、自分の境遇に対する自然な反応と割り切るところがあるので、映画はそういう中上の姿勢を忠実に表現していると思えないでもない。

青年の同室者は三十台の男(蟹江敬三)で、青年はその男と仲がよい。新聞代を払おうとしない悪質な購読者から、金をとってくれたりするので、それなりに頼りにしているのである。青年はその男を参考にして世間というものを学ぶ一方、気に入らない購読者の家に電話をかけては脅迫めいた言葉を吐き続ける。場合によっては、鉄道会社に電話を入れて爆破予告をしたりもする。その辺は、世の中への青年の鬱屈した感情が現われたものだと強く感じさせる。

映画にはこれと言った筋はないので、クライマックスもありようがないのだが、最後に近い場面で三十男が強盗の罪で逮捕され、その三十男の子を妊娠したという女が乞食のような境遇に陥るところを描きながら終わるのである。なんとも気の滅入るようなことばかりなのだが、これこそが日本社会の現実の姿だと言っているように見える。

この映画が公開された1979年には、日本社会は高度成長を経て、絶対的な貧困からは抜けつつあったわけだが、東京も王子のような場末の町では、いまだにそういう貧困が残っていると強く感じさせる映画である。その救いのなさは、青年がどうやら大学入試の目的を果たせずに、あいかわらず新聞配達を続けている姿をラストシーンにしているところにも現れている。かれはその途中、ごみの集積所でごみをあさる例の女のしょぼくれた姿を垣間見るのである。

なお、青年は紀州の新宮から東京へ出て来たと言っている。新宮は中上自身の出身地で、かれの小説の多くはその新宮を舞台にしているのである。




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