壺齋散人の 映画探検
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河瀬直美「朱花の月」:自然の中の男女の不倫の愛



河瀬直美の2011年の映画「朱花の月」は、奈良の豊かな自然を背景にして、男女の不倫を描いた作品だ。この映画の場合、不倫は女の側の行動だ。亭主を裏切ってほかの男と道ならぬ恋をする。そんな妻の不倫に絶望した亭主が、風呂桶のなかで血管を切って自殺する。ちょっとゆるい設定だが、これは男の目からみるからなので、女の目にはまた違って映るのかもしれない。

ありふれた三角関係を描いているわけだが、その三角関係を万葉集の有名な歌で美化しているところがある。中大兄皇子が、大和三山にことよせて歌った次の歌だ。
  香具山は 畝火ををしと 耳成と 相あらそひき
  神代より かくにあるらし 古昔も 然にあれこそ 
  うつせみも嬬を あらそふらしき

男女の三角関係は、太古の昔から、日本人にはよくあったことなので、別に不審がることはないと言いたいのだろう。一人の女に二人の男が言い寄る話は、葛飾の真間の手児奈の話や葦屋の菟原処女の話があるが、河瀬が上の歌に拘ったのは、自分が奈良の出身だからであろう。

女は同時に二人の男と男女関係を持ち、その結果子どもをはらむのだが、それがどちらの子かはわからない。亭主は妻がはらみ、かつ他に好きな男がいると聞かされ、それが自分の子ではないのではないかと疑って悩んだのだろう。その挙句に自殺してしまうのだ。一方、不倫相手の男は、女にできた子が自分の子かどうか不安になる。そんな男をふがいなく思った女は、子はおろしたと嘘をつく。実際にはおろしていないのだ。しかし、亭主に死なれ、自分の罪深さを感じた女は、この先どうしてよいかわからない。

そんな心のゆれをこの映画は描いているわけだが、そうした人間関係が、奈良の豊かな自然を背景に繰り広げられる。そのうえ、サブプロットとして、不倫相手の男の祖父の亡霊が出て来たり、その亡霊が生きている間に遊んでもらった子供が年をとって、藤原宮発掘現場で仕事をしているところも出て来る。なぜそんな亡霊を登場させたのか、いまひとつわからないところがあるが、メーンプロットたる男女の不倫にとっては、あまりうるさい効果は及ぼしていないので、愛嬌だと思って受け止めた。

なお、この女は紅花や枳殻を用いて布を染める仕事をしている。題名の朱花の月はそこから来ているようだ。


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