壺齋散人の 映画探検
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西川美和「蛇イチゴ」:家族が崩壊する過程



2003年の映画「蛇イチゴ」は西川美和の監督デビュー作である。西川は皮肉を利かせたブラック・コメディが得意だが、この映画はそういった西川の作風が早くも前面に出た作品だ。西川はこの映画で、典型的な日本人家族がもろくも崩壊していく過程を、皮肉たっぷりに描いている。

その家族とは、夫婦とその二人の子ども、そして夫の父親である。夫の父親は認知症になっており、妻に負担をかけている。そんな妻の負担に夫はほとんど理解を示さない。そこで妻は、義父の世話を放棄して、死なせてしまう。その義父の死について、妻は良心の呵責を感じない。死んでもらってほっとしているのだ。

夫は、リストラでクビになっている。ところがその事実を隠して、家族の前では依然として会社の重役気取りでいる。かれは一家の柱としてのメンツを保つため、方々から借金して、いまや首が回らない事態に陥っているのである。

娘は学校の教員で恋人がいる。その恋人を両親に紹介すると、気に入ってもらえた。彼女はその恋人と結婚するつもりなのだ。

そんななかで、祖父の葬式が行われる。その式場に債権者たちが押しかけて来て返済をせまる。その上父親を口汚く罵り、式の雰囲気を滅茶苦茶にする。父親が万事休すの事態に陥った時に、ひとりの男が現れて、とりあえず事態を収拾する。その男とは、勘当されて家を飛び出ていた息子だったのだ。

その息子が加わったことで、映画はあらたな転回を迎える。息子が式場で見せた行動ぶりに感心した両親は、父親の再建を息子の能力に期待する。息子は自己破産を提案する。その際財産をすべて取られぬよう、いまのうちに自分に財産名義を付け替えるように勧める。

その話を知った娘は、兄の意図に疑問を感じる。両親の苦境を利用して、財産を巻き上げるつもりなのではないかと疑うのだ。なにしろこの兄は、昔から癖が悪く、妹の下着を盗んで人に売りつけるような人間だ。なにを企んでいるかわかったものではない。そこで、兄の行動を注意深く観察したうえで、兄が香典泥棒で追われていることを知り、ついに兄を警察に売り渡してしまうのである。

こんな具合で、この映画は救いがたい人間たちの救われない物語を描いている。この映画を見た人たちは、こんな家族がいまの日本にたくさんいるのかと、思わず自問してしまうところだ。

介護放棄とか、自己破産とか、世間体から婚約を解消することとか、いまでもどこにでもころがっている事柄だ。そうした事柄をミックスして詰め合わせている点では、この映画は、ある意味で、同時代の日本社会を映し出しているといえなくもない。そこが西川一流のブラック・コメディたる所以だろう。



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