壺齋散人の 映画探検
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阪本順治「KT」:金大中拉致事件



阪本順治の2002年の映画「KT」は、1973年に起きた金大中拉致事件をテーマにしたものだ。これは、当時朴正煕大統領のライバルとして知られていた政治家で、後に韓国大統領になった金大中が、東京のホテルから白昼拉致されたというショッキングな事件だった。その事件の概要はおおよそ明らかになってはいるが金大中自身はこのことについて語らないこともあって、微細なことまではわからない部分もある。一番肝心なことは、金大中が韓国に拉致された後で、釈放されたことだ。これには、日本政府からの圧力があったからだとか、アメリカ政府の圧力が働いたとか、色々な説があるが、真相ははっきりしない。しかし日本政府がこの事件を掌握していたのはたしかなことらしい。金大中を乗せた船を、海上保安庁の船が威嚇したことなどから明らかといわれる。

この事件は韓国の諜報機関KCIAが起こした。その理由は色々あげられている。韓国内の権力争いとか、金大中の政治的な影響力を韓国の指導層が恐れたということだろう。事件は都内の韓国人グループによってなされ、一部在日韓国人やくざがかかわったようだが、日本人がかかわったという形跡はないとされる。しかしこの映画では、自衛隊がKCIAの動向に好意的な反応を示し、隊員にその活動を援助させたというような設定になっている。映画の主人公として佐藤浩市が演じている自衛隊員富田がKCIAを裏で支えるという設定だ。それに原田芳雄演じる新聞記者の神川がからんで、事件の展開を主導するというような構成だ。

KCIAが金大中を付け狙うのは、韓国人同士のいざこざに過ぎないが、それが東京を舞台に行われるとあっては、日本としては主権侵害ということになる。だまって見過ごすわけにはいかない。まして、それに日本人が、しかも自衛隊が組織的にかかわっていたとなれば、天地がひっくり返るような大騒ぎになるだろう。実際には、そんな騒ぎにはならなかったわけだが、そしてそれは、日本人がかかわっていなかったということを意味しているわけだが、映画では、日本人が、しかも自衛隊という組織がかかわっていたという設定にしている。そこのところが、この映画のスキャンダラスなところだ。もっとも映画は、これは金大中事件を取り上げたものだが、内容はフィクションだと断っているのだが。

KCIAに協力する日本人は、自衛隊の将校富田だ。かれの活動は自衛隊の上官からおすみつきを得ている。かれは半ばは命令から行動しているのだが、半ばは信念からだ。かれは国家主義的な考えを持っていて、平和にどっぷりつかった同時代の日本が許せない。だから三島由紀夫が割腹自殺したときには、花束を現場に供えて深い哀悼の念を表した。映画は、その場面から始まるのだ。

富田の愛国心が何故KCIAの謀略に加担する行為に結実したか、それは映画からは伝わってこない。日本を愛する気持ちが韓国の朴正煕への忠誠につながるとは、どう考えてもならないからだ。だから富田の行為は、実に不可解に映る。自衛隊がKCIAに好意的なのは、多少はわかる。また、自衛隊が朴正煕に好意的な理由もわかる。自衛隊の幹部は、日本の士官学校を卒業した朴正煕とは、色々な面でつながっていたからだ。しかし、映画はそういう背景には一切触れない。ただ自衛隊はKCIAの動きに好意的なばかりか、その活動を助けるために、隊員に援助させたというような設定になっている。

こんなわけで、史実をもとにしているだけに、映画の構成にはかなりの無理があると言えよう。これは日韓合作という形で作られたのだったが、韓国内では不評で、すぐに上映ストップになったそうだ。なお、タイトルの「KT」は、金大中(キム・テジュン)のイニシャルだ。



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