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阪本順治「魂萌え」:桐野夏生の小説を映画化



坂上順治の2007年の映画「魂萌え」は、桐野夏生の同名の小説を映画化した作品だ。桐野の小説を小生はまだ読んだことがないが、ハードボイルドタッチの推理小説が得意だそうで、いまは最も人気のある作家の一人と言われる。その桐野にとって、「魂萌え」は代表作だそうだ。だが、彼女の得意とするたちの小説ではない。平凡な主婦の嫉妬と恋心を描いたものだ。少なくとも映画ではそうなっている。

タイトルになっている「魂萌え」とは、聞きなれない言葉だ。こういう熟語は未見なので、おそらく桐野の創作だろう。その意味では未成熟な熟語というべきであろう。それでも一応、意味は伝わってくる。魂が萌えるとは、一度消えかけた情熱が再び生き返るということではないか。じっさい、この映画では、還暦を目前とした主婦の、消えかけていた情熱がよみがえるところが描かれるのである。

風吹じゅん演じる主婦関口敏子は、突然夫に死なれてしまう。その葬儀の騒ぎの最中に、夫の携帯にある女から電話が掛ってくる。不審に思った敏子は、あるいはその女と夫との間に男女の関係があったのではないかと推測する。その推測は当たっていた。夫には女がいたのだ。死んだ当日にも、夫はその女と逢っていた。自分には蕎麦打ちの教室に出ていたと嘘をつきながら。

そこから敏子の煩悶が始まる。煩悶の大部分は嫉妬と怒りだ。怒りは、自分を裏切った夫は無論、その夫の愛人だった女にも向けられる。敏子には二人の子どものほか、仲のよい三人の友達もいて、それらの人物とのやりとりを通じて、彼女の生き方が伝わってくるようになっているのだが、なんといっても、彼女は嫉妬の虜なのだ。

その嫉妬が、ひょんなことから性愛に変化する。夫の友人だったという老人とセックスする事態に発展するのである。嫉妬の感情は、性欲を増進することもあるというから、その時の敏子は性欲を強く刺激されたのであろう。その性欲が解放されることで、彼女は次第に自制心を取り戻していくのだ。人間の自制心を性欲がコントロールするとは、なかなか思い浮かばないところだ。ともあれこの性欲の亢進によって、彼女の魂が萌えあがるのである。「魂萌え」とはよく言ったものである。

風吹じゅんの演技がいい。彼女は決して美人とはいえず、どこにでもいるような印象の人だが、それがかえってこの映画の役柄にあっている。途方に暮れたような表情とか、嫉妬に苛まれてうろうろしているところとか、男に抱かれたあとで急に色気が出てくるところなど、心憎いまでに、普通の女を演じている。誰でもこうした状態に陥ることはあるのだと、説得力をもって訴えかけてくる演技だ。



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