壺齋散人の 映画探検
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塚本晋也「斬、」:意味のない人斬り




塚本晋也の2018年の映画「斬、」は、塚本にとってはじめての時代劇である。突拍子もない空想をテーマにすることが多かった塚本が、時代劇でどのような空想を披露するのか。そんな期待に塚本は、めったやたらと人が斬られるシーンを見せることで応えた。この映画は意味のない人斬りがテーマなのである。

塚本自ら演じる浪人と、池松壮亮演じる若者とが、さる村落に居候しながら、その村落を襲う野盗たちを退治するというのが主なストーリーだ。武士の助っ人が農民を助けて野盗を退治するというのは、おそらく黒澤の「七人の侍」にインスピレーションを得たのだろう。違う所は、黒澤の映画では、農民たちが七人の武士に協力して戦うのに対して、この映画ではたった二人の武士が大勢の夜盗を相手に戦う所である。若者はともかく、塚本演じる浪人はめったやたらに強い。その浪人は、野盗を退治するばかりでなく、若者まで殺してしまうのである。

そんなわけで、筋書に必然的な流れのようなものがない。ただただ人を斬るシーンが繰り返し出て来るだけなのである。それも塚本演じる浪人が、ばったばったと人を斬るのである。塚本は、どちらかといえば間抜けな顔つきだし、どう見ても強そうには見えないのだが、その塚本が市川雷蔵演じる眠狂四郎顔負けの活躍をする。だから見ている方としては、どこかで馬鹿にされているような気になるものだ。

蒼井優が、農民の娘として出て来て、色気をふりまく。彼女は若者が好きなのだが、「七人の侍」の田舎娘とちがって、若者を露骨に誘惑したりはしない。そんなわけでこの映画には、濡れ場がないのである。日本の映画には、セックス抜きのものが多くて、それが文化としての日本映画の特徴にもなっているわけだが、この映画もまたセックスをほとんど感じさせない。せっかく蒼井のようなセックスアピールのある女優を使っているのだから、これはもったいないかもしれない。

黒沢の野盗は迫力があったが、この映画の中の野盗は迫力を感じさせない。野盗というより、ホームレスの集団といったほうが相応しい。かれらは村落の周縁にテントのようなものを張って野宿しており、ときたま農家を襲ったりするが、弱い者いじめは得意でも、塚本演じる浪人の前では手も足もでない。ばったばったと斬られるばかりなのである。もっとも中には、どさくさにまぎれて蒼井を強姦するちゃっかり者もいるが。

若者が殺されるのは、塚本の意向に逆らったからだ。その意向とは、新撰組の結成時にみられた浪人組のようなものを作りたいということだった。しかし若者は、もう人を殺すのはいやだといって、その意向にしたがわない。そこで怒った塚本が若者を殺すのだが、そこにどんな必然性があるのか一向にはっきりしないのである。



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