壺齋散人の 映画探検
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ビレ・アウグストの映画「ペレ」:デンマークのスウェーデン人労働者



1987年の映画「ペレ」は、デンマーク人の映画監督ビレ・アウグストがスウェーデン人たちを対象にし、デンマークを背景にして描いた作品である。だからスウェーデン・デンマークの協同制作ということになっている。映画にはスウェーデン人とデンマーク人が出て来るのだが、スウェーデン人はスウェーデン語を話し、デンマーク人はデンマーク語を話すのである。

舞台設定は、映画の画面からは明示されていないが、一応十九世紀の末頃ということらしい。その頃のスウェーデンは、国民を養えないほど貧しく、そのため隣国に移民したり出稼ぎする者が多かった。この映画は、スウェーデンで食いつめてデンマークに移住した父子の物語である。マックス・フォン・シドー演じる高齢の父親が、小さな男の子を抱えながら、誇り高く生きようとするさまを描く。

この父子は、大勢の仲間たちとともに船に乗ってデンマークの離島にやってくる。説明書きではボーンホルム島ということになっているが、この島はデンマークの一部というより、かなりスウェーデン側に食い込んでいる。とはいっても、島の住民の大部分はデンマーク人であり、移民のスウェーデン人は少数派だ。少数派としてさまざまな迫害を受ける。その迫害を跳ね返しながら、けなげに生きてゆくスウェーデン人たちを、情緒たっぷりに描くというわけである。

父子は、さる農場に雇われる。子どもの労働も込みだ。牛舎の一角に寝床をあてがわれ、スウェーデン人の管理人の厳しい視線を浴びながら労働にいそしむ。父親としては、ここで金をためて、もっとましな生活がしたいと考えている。子どものほうは、こんなひどい境遇から早く抜け出て自由な生活がしたいと思っている。映画はやがて、子どもが自由を求めて飛び出し、自分の力の限界を思い知った父親が、ここに骨をうずめる決心をするところで終わるだろう。

それまでの間の出来事を、映画は淡々と描くのだが、たいしてドラマチックな出来事は起こらない。若者同士の悲しい恋とか、父親のかりそめの恋とか、子どもがいじめの対象にされたり、その子どもをかばう男の優しい心遣いとか、農場主の不倫と、それに怒った妻が夫の性器を切断する場面とか、それなりに起伏に富んだ挿話はあるが、全体としては、時間がゆったりと流れていく感じである。

父子と共に農場で働いている人々は、ほとんどスウェーデンからの移民のようである。そのなかで小さな子どもを伴なっているのはほかにはいない。だから子供は、親しい友達ができないのだが、エリックという心優し男が友だちになってくれる。だがそのエリックは、意地悪な管理人と対決した挙句に、頭に大けがを負って、廃人になってしまうのである。子どもは学校に行かせてもらうようになるが、学校ではいじめの対象となってうちとけない。それでも子供は、打ちひしがれることなく、誇り高く生きて行こうと考える。そのけなげな表情が、ジョン・フォードの不朽の名作「我が谷は緑なりき」に出てきた少年を想起させる。「我が谷」の少年は、幼いながら一家を背負って立つ決心をするのだったが、この映画の中の少年は、人間として誇り高く生きていく決心をするのである。

父親を演じたマックス・フォン・シド-の演技がすばらしい。かれは一時期、イングマル・ベルイマンの映画の常連として渋い役柄を演じていたが、この映画ではその渋さに磨きがかかり、いぶし銀のような輝きをはなっている。

それにしても、スウェーデンとデンマークの間には、こんなにも国力の差があったのかと思わされる。いまでこそスウェーデンは、模範的な福祉国家として、国民を厚く保護しているが、19世紀末頃には、国民が外国に移住しなければならなかったほど貧しかったということか。一方デンマークの方は、グリーンランドを植民地化したように、かなりな国力をもっていたということらしい。そういう国力があったからこそ、キルケゴールやアンデルセンといった世界史に残る人材を輩出できたのであろう。



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