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エレニの帰郷:アンゲロプロス



2008年公開の映画「エレニの帰郷」は、テオ・アンゲロプロスの遺作となった作品だ。かれは「エレニの旅」に始まる20世紀シリーズ三部作の構想をもっていたが、これはその二作目。三部作とはいっても、一作目と二作目では、筋書きの連続性はないようなので、それぞれが完結した話と言えそうである。テーマは、ギリシャを含めたヨーロッパ現代史ということらしい。

冒頭でイタリアの映画撮影所チナチッタがでてきて、そのあとすぐに1953年のソ連の一寒村がでてきたりするので、筋書きの進行を確認するのが困難だが、やがて全体像らしいものが見えて来る。これは、ギリシャ系のある男の現在進行形の話と並行して、その両親の辛かった過去が回想されるという構成をとっている。ギリシャ系の男は映画監督をしているが、その娘が情緒不安定で問題行動を起こす。その理由はどうやら彼女の両親が離婚したことにあるらしい。その少女の名前はエレニというが、それは彼女の父親の母親、つまり祖母と同じ名前なのであった。

一方、その祖母のエレニは、まずソ連の一寒村に恋人のスピロスとともに現われるのだが、それは1953年のことで、当然過去の出来事ということになっている。その出来事は、誰かの回想という形はとっていないが、過去のことであるから、人称を持たない回想といった扱いになっている。

1953年はスターリンが死んだ年だ。エレニとスピロスは、スターリンの死を報告する集会の様子を目撃する。その後二人は乗っていた路面電車の中でセックスし、別れ別れになる。その後いきなり1956年にとび、エレニはソ連のとあるところにある収容所に入れられている。その収容所でエレニは、ユダヤ人のヤコブとともに起居する。また、スピロスの子を産んでいた彼女は、モスクワにいる知人に息子を預けるべく、モスクワ行の列車に乗せる。

長い時間が経過し、エレニたちは収容所から解放され、オーストリアに越境することを許される。その国境で、エレニはヤコブと別れる。ヤコブはユダヤ人なのでイスラエルに行くことを選び、彼女はヨーロッパに残ってスピロスをさがすつもりなのだ。

エレニはスピロスがニューヨークにいることをつきとめ、会いにいく。しかしスピロスには妻がいて、落胆した彼女は無言で立ち去る。彼と会うことだけが、それまでの生きがいだったのだ。彼女の落胆は深い。

エレニがスピロスと再会するのは、20世紀も終わろうとする頃になってのことだ。トロントで働いていた彼女のところへ、息子がスピロスを連れてくるのだ。そこで二人は劇的な再会をする。

場面はそれからベルリンにとぶ。エレニとスピロスはベルリンに住み、息子もベルリンに住んでいる。息子の娘であるエレニが非行に走り、息子はてんてこ舞いさせられる。娘の非行の原因が母親の不在にあると考えた彼は、別れた妻に戻って欲しいと伝えるが、妻はよりを戻すつもりはないと突き放す。

そうこうしているうちに、娘エレニの所在がわかり、息子とその母親エレニらが現場に直行する。そこはベルリンのある廃墟で、その建物の上から孫のエレニが飛び降り自殺をしようとしていた。そこで祖母のエレニが必死の説得につとめ、なんとか助け出すことができた。

一方、エレニとスピロが住んでいるアパートにヤコブが訪ねて来る。そのヤコブにエレニは暖かい態度で接する。かつての困難な時期を助け合って生きてきた人なのだ。そのヤコブにスピロスは嫉妬せずに、やはり暖かい態度で接する。しかしそんなかれらを見てヤコブは、自分だけが取り残された気になる。そのあげくシュプレー川に浮かんだ船の上から水に飛び込んでしまうのだ。

こんな具合に、この映画は、20世紀後半のヨーロッパを舞台にして、困難な人生を強いられた人々を描いているのだが、彼らが何故そんな困難に遭遇しなければならなかったか、そこのところが、画面からは十分に伝わってくるとはいえない。そのため、この映画は、観客に対してかなりの心理的負担を強いるものになっている。

ベルリンの街が印象深いイメージで出てくる。クーダム通りとかウィルヘルム教会などは、ベルリンを舞台にして展開したかつてのドイツの分裂を象徴するもので、あえてこういうモニュメントを登場させることで、アンゲロプロスは観客に20世紀という時代を考えてもらいたいと迫っているように見える。




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